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落合時代

野口、人買いに騙される 2005年

落合博満
こ こ数年、期待に応えられる成績を出せてない かつてのMVP左腕・野口がこのオフ、 浅くて良くない決断 をする。

 もともと野口は、「中村さんがいないと何もできない」 と言われるほど中村さんへの依存度が強かった。

 勝ち試合のあとのヒーローインタビューでは、いつも

 「中村さんのおかげです」
 「中村さんのミット目がけて投げただけです」
 「中村さんのサイン通り投げただけです」

 ファンはそれを「そんなに謙遜して、野口は先輩を立てるいいやつだなあ」 と思ってたんだけど、 実は謙遜でもなんでもなく、キャッチャーが変わると本当に別人になってしまう ことが判明したのは、中村さんが横浜に移籍してしまった後だった。


九十九年オフの契約更改より
中村さんのおかげです
年俸一億円突破に「中村さんのおかげです」と中村さん人形を持たされる野口。


 二〇〇一年は十二勝を挙げた野口だったけど、 オフに中村さんがいなくなると翌年はわずか二勝、 その次の年も開幕から調子が上がらないと見るや、 山田監督(当時)は野口が投げるときのキャッチャーを 中野、柳沢と「ミットを替えて」みた んだ。

 これが功を奏し、野口の投げるときは中野・柳沢・谷繁の 「日替わりミット」 となり、野口はこのシーズン九勝をあげて“プチ復活”した。

 しかし、二〇〇四年に落合監督が就任すると、 「キャッチャーが代わったくらいで投げられないようじゃダメだんべ」 と再び谷繁オンリーとのコンビに戻り、この年は四勝、 翌年は三勝と、再び低迷を始める。

野口と谷繁
息の合ったところを見せる野口と谷繁。

 シーズン中は一軍と二軍を行ったり来たり、中継ぎへ職場変更したり、 さまざまな復活への工夫がされたけど、結果は出せなかった。

 悩み苦しむ野口。そんな心の弱った野口につけ込むように、 悪魔のささやきをして来た黒いチーム があった。

 「野口が不調なのは中日がチャンスを与えてないからジャイ。 うちに来ればいっぱい登板チャンスがあるジャイ」

 黒いチームは、かつて野口に指導したことのある元中日コーチまで使い、 「移籍すれば野口は必ず復活する」 と大した根拠もなく囁かせた。

 そして野口は、野球人生で最大最悪の決断、 FA宣言をしてしまったんだ。

中日球団フロントも「野口はトレードの駒」と発言したり、 悪いところが相当あったがな。 青コアラ
金コアラ ふりかえれば野口の不調は「中村さん事件」が原因で、 すべての元凶は球団フロントだしな。

 この野口の一件があったからかどうかは分らないけど、 「シーズン中はキャッチャーは固定するべき」 という主義だった落合監督(『野球人』p.210)が、 翌年からは先発投手によっては小田を先発マスクで起用したり、 バッテリーをいじって目先を変えたりするようになるんだ。


人物紹介
普久原淳一
普久原淳一
(ふくはら・じゅんいち、2005-2008)
 落合監督が“オレ流”と呼ばれているのに対抗して、“カモシカ流”という謎の流派を開いた。 この流派の生徒は、語尾の「る」が「竜」になるという(例:「おうちにかえる」→「おうちにかえ竜」)。
なお、「ロード第二章」を歌っている人は、カモシカ流の門下生である。

2005年
ベストオーダー
2005年ベストオーダー

2005年
順位表
2005年順位

2005年
表彰選手
2005年表彰選手

2005年
チーム内ベスト
2005年チーム内ベスト


2005年
トレード
2005年トレード


野口の歴代ミット
中日 年度 勝利 ミット
中日 1993 -- --
中日 1994 0 中村さん
中日 1995 3 中村さん
中日 1996 5 中村さん
中日 1997 0 中村さん
中日 1998 14 中村さん
中日 1999 19 中村さん
中日 2000 9 中村さん
中日 2001 12 中村さん
中日 2002 2 谷繁
中日 2003 9 谷繁
中野
柳沢
中日 2004 4 谷繁
中日 2005 3 谷繁
読売 2006 0 阿部
読売 2007 1 阿部
読売 2008 -- --
2008年オフ、戦力外通告



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