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合はこの年のオフ、日本人選手としては初めて 「年俸調停」 というシステムを利用したんだ。 年俸調停とは、おカネで球団と選手がモメたとき、 プロ野球機構に金額を決めてもらうというシステム。 その結論に選手がイヤだといえば選手は引退、 球団がイヤだといえば選手は自由契約となり、好きな球団と契約できるんだ。 でもこれまで、このシステムを使う人は日本人選手ではいなかった。 落合が年俸調停システムを使うことが明らかになると、 世間・マスコミはこぞって 「落合が球団とカネのことで揉めている」 「一億以上ももらっていて、まだカネが欲しいのか」 と騒いだんだ。
ここまでの落合博満の成績(中日移籍後)
【問題】 さて、みんなが球団の査定担当なら、 この四年間の成績表を見て、一九九一年の年俸として幾ら提示する? そして皆さんが選手なら、この成績でどれくらいのアップを主張するだろうか? シンキング・タイム!!
【答え】 球団の提示額:二億二千万 落合の希望額:二億七千万 そして、この年俸調停は球団側の主張が通り、 落合の新年俸は二億二千万に決まったんだ。 この一件で「落合と球団の関係は泥沼!」と マスコミは大喜びで書き立てることになるんだけど、 落合の著書『プロフェッショナル』によれば、 この年俸調停は“予定の行動” と書いている。
しかし、落合の思惑とは裏腹に、 世間的には「落合=銭ゲバ」のイメージが色濃くなる。 また、このとき球団が用意していた“落合予算”は実は二億五千万で、 浮いた分を伊藤代表が 「去年、泣いてもらったから」と翌年の契約更改時に上乗せし、 落合の次の年の年俸は三億円にハネ上がった。 それをみて周りは「上がり過ぎじゃないのか。また落合がゴネたに違いない」と思ったんだ。 落合が笑いながら舌を出してる間、口下手な落合のイメージはどんどん悪くなっていく。 |
バンスロー (1990) ディスティファーノ (1990) 伊藤闊夫 (いとう・ひろお、1986-1996) 伊藤修 (いとう・おさむ、1996-2001) 伊藤一正 (いとう・かずまさ、2001-2008) |