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--入団当時の紹介記事

画像 [名前]森岡良介 [出身]長崎県佐世保市 [誕生日]1984年7月15日 [ニックネーム]ジロー [好きな食べ物]チャーハン [好きなタレント]佐藤江梨子 [好きなプロ野球選手]立浪(中日)

攻走守A級“立浪二世”

 和田(早大、ダイエー)、永川(亜大、広島)、加藤(神奈川大、オリックス)と、 即戦力投手の自由枠争奪戦に連敗した中日だが、 「それならば将来性のある、しかも野手で行こう」 と路線変更した時、スカウト会議は満場一致で即決したそうだ。
 「それくらい、抜けていた存在だった。野手で行くのなら、森岡しかいませんよと、 こちらも自信をもって推薦しました」
 担当の正岡スカウトがぞっこんの逸材。打つだけの原石なら、他にもいる。 だが、走塁、守備もA級で、しかも希少価値の遊撃手となれば…。 即戦力は逸しても、 将来を見据えれば森岡良介の一巡目指名は、かえってプラスは大きくなるはずだ。
 夏の甲子園を制した明徳義塾(高知)の三番兼主将。誰しもがダブらせるのが立浪だろう。 早々とついたキャッチフレーズも『立浪二世』。 そう呼ばれる事を、当事者たちも喜んでいる。
 「立浪さんのように、勝負強い打者にプロでもなりたいんです。 ファンやベンチが『打ってくれ』と思うような場面で打ちたい。それが理想です」
 中日とはドラフト前から相思相愛の仲だった。 佐世保で生まれ、富山、大阪と移り住み、高知で高校生活を送った少年。 どこにも名古屋、竜の影はないのだが、それでも中日を“逆指名”したのは、 立浪の存在がすべてといっていい。
 「甲子園のプレーを見ましたが、ボクよりはるかに上のレベルを目指せる選手です。ただ、(国体から自主トレまで) これだけ長い間、実戦から離れるのは初めてでしょう。ボクもそうだったけど、 この時期のトレーニングはすごく大切なんです」
 ドラフト後、森岡と話した立浪も、十五歳下の“二世”に期待している。 だからこそ、あえて伝えたトレーニングの大切さ。 自分が背負ってきた竜の看板を継承できる男…。 対面はまだでも、直感で響く何かがあったのだろう。

画像 [名前]長峰昌司 [出身]茨城県鉾田町 [誕生日]1984年8月8日 [好きな野球選手]井川慶(阪神)

将来性豊かな大型左腕

 百九十一センチの長身を武器に、プロの世界に飛び込む。 ドラフト五巡目の長峰は、だれもが見上げるほどの超大型左腕だ。
 「身長を生かした投球で勝負したい。上から投げ下ろす速球が持ち味です。最初は焦らず、じっくり体づくりをして、 何年後かには先発として一軍マウンドに立ちたい」
 “井川二世”の呼び声が高い。プロ五年目の今季に十四勝を挙げ、阪神の若きエースに成長した井川は水戸商高の先輩。 「いい目標になります。投げ方が(井川に)似ていると言われることもあるんです」。 同じ速球派左腕として、三、四年後のエースの期待がかかる。
 ややスリークオーター気味のフォームから放たれる速球のスピードは、常時百四十キロ強。小さく曲がるカーブもある。 「球持ちがよく、投げ方のバランスがいい。長身の高校生にしては低めに制球もできる。 あとは、大きなカーブとフォークを覚えて下半身さえ鍛えれば、三年後くらいに(一軍へ)出てこられるのではないか」と堀江スカウトは言う。
 野球を始めたのは、小学校一年生の時。父・修一さん(享年四十九歳)とともに、プロ野球選手になる夢を追いかけた。 その父は、一昨年春に交通事故で他界。“遺言”を守るため、そして母のぶ子さんを安心させるため、 水戸商ではそれまで以上に野球に打ち込んできた。 「つらいことがあったから、絶対にプロになる決意を固めたようです。投球だけでなく、精神的にもすいぶんと強い子になったと思いますよ」 と同校の服部寛野球部長。プロの投球には不可欠な、たくましさも備えている。
 実家のある茨城県鉾田町は、大洗海岸のすぐ近く。仮契約を終えると、 さっそく中田チーフスカウトから“砂浜トレ”を命じられた。 「故障にだけは気をつけようと思います。しっかり走り込んで練習についていける体力をつけたい」。 先輩を超えるための戦いは、もう始まっている。

画像 [名前]小林正人 [出身]群馬県吾妻橋 [誕生日]1980年8月21日 [好きな野球選手]石井弘寿(ヤクルト)

力で打者をねじ伏せる

 遅咲きの剛腕が、プロの扉をこじ開けた。 ドラフト六巡目の小林は、大学四年時に急成長を遂げた本格派左腕。下位指名ながら、即戦力の可能性もある秘密兵器だ。
 「一年でも長く、一軍の場にいる選手になりたい。最終的には先発をやってみたいですが、 まずは与えられたポジションで力を出していくつもりです。 焦るつもりはありませんが、大卒なので一年目からが勝負だと思っています」
 群馬・桐生第一高では正田(現日本ハム)の一年先輩。高校三年夏にエースとして甲子園に出場した。 東海大入学後は、左肩を痛めて出遅れた。同期のエース・久保(自由獲得枠で読売入り)の陰に隠れて、 今春までは首位リーグの登板はなし。ところが初登板を果たした今秋は、いきなり四勝も挙げた。
 「肩の不安が消えた三年生のころに、フォームを変えたりしたんです。力任せの投球をやめて、 何かつかんだような気がします。この感覚を忘れないように、プロでもやっていきたいですね。 投球は切れが大事だと思うので、球速の数字だけではないものを出していきたい。
 最速百四十五キロの速球と、切れ味のあるスライダーが武器。 ヤクルトの中継ぎエース左腕・石井のように、 力で打者をねじ伏せる投手を目指す。「体にパワーがあるし、制球を球威でカバーできる投手です。 速球はドーンとくる重い感じの球質で、ウチのチームにはいないタイプの左腕。 まだ経験不足ではあるけど、岩瀬のような使い方も可能でしょう。はまれば面白いのでは」 と中田チーフスカウトは言う。 将来は先発志望だが、岩瀬のようなセットアッパーとして活躍できる素質も秘めている。
 「ペタジーニのいる読売打線と対戦してみたいです。左打者に自分のスライダーを試したいけど、 読売には内角も攻められないと抑えられないでしょうね」と小林。 チームの永遠の課題である打倒読売の精神は、すでに宿っている。

『月刊ドラゴンズ』(二〇〇三年一月号)より