『野球人』 ISBN4-583-03569-1
…一九九八年十二月九日発行。

落合博満(おちあい・ひろみつ)
一九五三年十二月九日、秋田に生まれる。秋田工業高校卒業、東洋大学中退後、東芝府中に入社。 三度の都市対抗出場、アマ全日本代表などの実績を残し、一九七九年ドラフト三位でロッテオリオンズに入団。 八十一年に初めての首位打者を獲得した。以後、八十二、八十五〜八十六年の三冠王をはじめ、 MVP二回、首位打者、本塁打王、打点王各五回など数多くのタイトルを手にした。 八十六年のオフには一対四のトレードで中日に移籍。 九十三年にはFA宣言をして読売に入団。 さらに九十六年オフ、読売を退団して日本ハム入り。 九十八年のシーズンを最後にバットを置き、二十年間の現役生活にピリオドを打った。
中日時代の星野監督とのこと、読売時代の
読売フロントとのこと、日ハム時代の上田
監督とのことが書いてるだ。
ナビゲーター落合

▼帰宅してそのことを知らされた私は、記事を掲載するスポーツ紙の別の記者を呼び、「そんな記事が出るなら引退するしかないんだから会見をやろう。他社の記者も集めてうちへ上がってもらってくれ」と告げた。 ▼私はまったく納得ができなかった。即座に「私は誰のことも批判したつもりはないし、発言自体も一般論として話したまでだから、それでもペナルティーを科すというなら今すぐ野球をやめさせていただきます。明日、引退会見しますから球団で場所を用意してください」と言って電話を切った。 ▼野球以外の問題で大騒ぎし、野球を真剣にやろうとしている人間からその場を取り上げようとする考え方には賛同できなかったし、組織と対立したからといって泣き寝入りしてまで野球を続けようという気持ちはなかった ▼緊迫した場面の守りで的確な指示を与えるのが、私の目に見えない存在感である。だが、これはベンチからでは伝えることができない。私は「何のためにこのチームへ来たんだろう」という思いを強くした ▼ただひとつ言えるのは、この起用法は私の野球におけるすべてのリズムを完全に狂わせたということだ ▼打率が一度三割を切ると、二十六日の西武戦から私の打順は六番になったのである。 ▼上田監督からは「少し気楽に打ってくれ」と言われた。私は「どこでも頑張ります」と答えた。しかし、私の『闘う気持ち』は、ここで絶えた ▼最近のプロというのは、格好良さの代名詞になっているような気がする。プロフェッショナリズムよりもファッション性が目立ってるように思えるのだ ▼多くの蓄えを持って、私は、またユニフォームを着るだろう。それがどんな立場でなのかは、私自身にも想像がつかない。ただひとつ言えるのは、その時も必死になって野球と取っ組み合いをするということだ ▼野球人・落合博満は引退しない。

ロッテ落合

▼今でも、佐藤さんから打った一発は忘れることができない。落合博満の原点だからだ ▼「それよりも、広野さんがスイングをしてみせて『俺は、こういうスイングだから三割を一度も打てなかったんだ』と言って、高沢に自分のスイングを考えさせた方がいいんじゃないですか。広野さんて、現役時代はバットとボールの間がものすごく離れているような空振りが多かったんだから」 ▼「今なら山内さんの言ったことは理解できますよ。ただ、やっぱり俺には合っていなかったと思いますけどね」 ▼私の野球人生は、首位打者によってガラリと変わった ▼すると、七十五キロくらいだった体重が、あっという間に八十キロを超えたのである。比較的痩せてみえた私が、ポッチャリとアンコ型になったのはこの頃だ。そして本当に打球の飛距離が伸びたのである ▼そして、要請する際の条件のひとつに私のトレードがあった。生え抜きの新監督誕生に伴って、チームのイメージも変えたい。それには、ミスター・オリオンズの座を有藤さんから奪った私がいてはまずいということなのだ ▼すべては茶番劇で、私のトレード話は水面下で着々と進められていたのである ▼日米野球は、メジャーの心意気やパワーの凄さを教えてくれたが、私の野球人生をも大きく変えてしまったのである ▼彼は、私にこう問いかけてきた。「アメリカン・ドリームという言葉を知っているか?」「言葉は知ってるが、何か特別な意味があるのか」と私は答えた。すると、彼は真剣なまなざしで説明を始めた。「映画でもよくあるけど、アメリカン・ドリームというのは、ある分野で成功をおさめ信じられないくらいの収入を得ることだ。生活も心も豊かになる。そのチャンスはどこにもで転がっているし、努力次第で誰にでもゲットできる。それがアメリカ社会の魅力なんだ。しかし、本当のアメリカン・ドリームは、ここから始まるんだ。ただ、莫大な収入を得るだけではなく、それを世間の人々に知ってもらう。子供たちは、その人間に憧れを抱いて目標にする。大人たちは、その人間の生き方に注目して励みにする。成功をおさめた人間が、多くの人々に尊敬されて生きていく。そして自分にできる何かで社会に還元していく。そういう人間になることが本当のアメリカン・ドリームなんだ」 ▼投手のカウンセラーになってやらなければならないのがコーチなのだ。

88年メモリアル

▼残念なことに、この年の中日には、そんなコーチが少なかった ▼負けが込んでいた前半戦は、試合後のロッカールームで「あんなヤツと野球をやってられるか」という声が聞えていた ▼優勝争いに加わったオールスター前後には「優勝したいな。でも、あんなヤツとビールかけなんかやりたくねぇよ」という声に変わった ▼優勝が見えてきた終盤戦は「絶対に優勝しようぜ。優勝して見返してやろうぜ」という声になった ▼この時、私は面白いことを考え始めていた。「ここから中日がひっくり返したら、これは球史に残る試合になるな」 ▼「今日、球場に来たお客さんには、安い入場料だったんだじゃないかな」 ▼ただ、斎藤との対戦はこれからもずっと続くので、余計なことは喋っちゃいけないと言い聞かせてお立ち台に上がった ▼この年の新人だった清原和博の名前を使って秋山をけん制してみたのだ。本人がその記事を見たか分らないが、大きなお世話をする記者が落合はこう言ってると、耳に入れるに決まってるのだ。それで意識してくれたら御の字ということだ ▼多くのメディアは池山有利と書き立てた。その理由は『追う者が』有利ということだ。私は、「しめた」と思った。なぜなら、数字を積み重ねる勝負事に『追いかける方が有利』という状況は決してないからだ ▼タイトルは、最も高い実力を持った者が獲るのではない。その年に一番多く数字を積み上げた者の頭上に輝くのである ▼真の一流選手になりたければタイトルを毎年獲ることだ。そのためには、タイトルの獲り方を少しでも早く身につける。だから、初タイトルをがむしゃらになって獲りにいく。獲りたいなら常にライバルを一歩でもいいからリードしておく。これは、鉄則なのである ▼「自分の成績はどうでもいい。チームの勝利が第一です」とインタビューで答えている選手がよくいるが、こうした言葉を本心から言っている者はほとんどいない ▼いつからか「落合はろくに練習もしないのにある程度の成績を残せるから天才だ」という記事や評論家の話を目にするようになった。しかし、厳しいプロの世界で練習をせずに一流になった者などいないのである ▼長嶋さんの采配は下手だとか悪いとかいうレベルではないのである。根本的に特殊なのだ。

中日落合

▼選手は自分の成績を残すことが第一である ▼選手の残した数字が伸びてるのにチームの成績が上がらなければ、それは明らかに監督の采配が悪い。選手の成績をひとりでも多く伸ばしてやり、それをうまくまとめあげればチーム力も向上する。だから、選手には成績を上げることだけを考えさせたい。そして、私自身は責任を持ってチームをまとめたいと思っている ▼一軍と二軍のコーチでは求められる役割は全く異なるといっていい ▼コーチの人数も現在のように多くは必要ないのではないかという気がする ▼コーチではないが、サポートをするスタッフは何人いても多いだけありがたいものだ ▼現在は、球団が財政面でのスリム化を考えるとき、まずこうしたスタッフの削減から手をつけていくことがあるが、これでは強いチームは作れない。地味な仕事に誇りを持ち、選手と違って決して潤沢とは言えない報酬でプロの仕事をしてくれる裏方のスタッフは、本当に大切にしたい ▼私に言わせれば、全体で行う練習というのは「うちのチームは、これだけ練習してるんだから負けるわけがない」という指導者の自己満足のためにある ▼その昔「私は記録よりも記憶に残る選手になりたい」と言った人がいたが、人間の記憶などは曖昧なもので、やはり記録に名を残しておかなければいけないのだ ▼私は監督になったときは、外国人選手はうまく使いたいと思っている。外国人選手には、日本人にはないプロ意識がある ▼選手を育てる場合は、欠点に目をつぶっても長所を伸ばすことが大切だと思っているが、外国人についても同じだ ▼だから私は、一年目に期待した成績が残せなくても、順応性があると判断した選手とは契約を延長したいし、数字を残しても次の年は研究されて散々な成績になりそうな選手は帰してしまう。外国人選手とは、そうやって付き合いたいと考えているが、こんな考え方の私のチームは、助っ人が外れるとメディアの格好の餌食されるに違いない ▼もし、私が指導者としてユニフォームを着たら、球団から与えられた戦力の他にどんなタイプの選手を望んでビジネスをするか、楽しみにしていただきたい ▼有望な選手たちが心置きなくメジャーへ挑戦できる土壌を作るためには、日本の将来を担う金の卵たちを確実に育てて底辺を広げておかなければならない ▼日本に限っていえば、世界大会にプロが参加するようになると、社会人を中心としたアマチュア選手は何を最高の目標にして精進していけばいいのか ▼FA制度もそうであったが、初年度にその制度がどれくらい活用されるかが、その後の定着度を左右することになる ▼残念ながら、日本では乱入することはなくてもグラウンドに背を向けたり、ボールから目を離してしまう人が圧倒的に多い。だから、ネットはせめてもの安全確保だという意見がまかり通ってしまうのである ▼高度経済成長により豊かになった日本は、充実した生活環境と引き換えに、物事をシンプルに楽しむ術を忘れてしまったのか。それとも、プロ野球そのものがつまらなくなってしまったのか ▼現役時代は常に何かと戦ってきたが、二十年を区切りにしてひとつここらへんで心と体を休ませてやろう」というのが本音である。野球でいえば、前半戦を終えてオールスター休みに入ったところか。だから、これから後半戦が始まるのである。