仕置騒動記
タカマサ、夢敗れてススキノ無し




 秋田の2連戦が終わり、これから次カードの広島に移動しようという時。
 連勝に意気をあげる名古屋一家の中で一人、異様に意気を上げる男がいた。


るるるーん るるるーん


 「これは…何の音だ?」
 「この地の底から噴出してくるような奇怪な音は!?」
 「まるで悪魔の哂い声だ!!」

 そして、その音はしだいに高まってくる。近づいてくる!


るるるんるんるん、るるるんるんるん…


 「あれだ!」
 「音の発信源は、あいつだ!」


るん・るるん・るん♪


スキップを踏むタカマサ

(写真は言うまでもなく合成)


 鈴木タカマサ チーフ投手コーチだった。


☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



宇野コーチ  楽しそうですね、孝政コーチ。
 
鈴木コーチ  そりゃあね!
 ホラ!もうすぐ! 待ちに待ったアレだからね!
 
宇野コーチ  「あれ」って言いますと?
 
鈴木コーチ  鈍いな、アレだよ、アレ!
 札幌遠征だよ!


 名古屋一家は6月22日〜24日、対読売戦で札幌遠征が組まれていた。

 そう!
 タカマサは現役時代から知られたススキノ好き。
 引退して解説者になってからも、札幌で中日の試合が行われるときは、 無理やり解説の仕事をネジ込みススキノ遠征に帯同したという“剛の者”だ。 (※オレ流を探す旅 『流汗悟道』 参照)

 そのタカマサが、待ちに待ったススキノ遠征まで、あと1週間と迫っていたのである!


鈴木コーチ  なんて言うか、アレだね。
 このためにコーチになった
 と言っても過言ではないね。
 
落合監督  おーい、孝政コーチ。ちょっと来てくれー
 
鈴木コーチ  お?監督が呼んでるぞ?
 ススキノの、あ、いや、札幌遠征の打ち合わせかな?

 はーい、ただいまー!


☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



落合監督  あのさ、タカマサコーチ。
 今、平井・ドミンゴ・野口・川崎と、 先発陣が半分以上、下に落ちてしまってるじゃん?
 
鈴木コーチ  あははー、そう言えばそうですかねー
 
落合監督  そいつらの面倒、見てやってくれないか。
 
鈴木コーチ  あははー。そりゃもちろん…
 え、ええっ???
 
落合監督  開幕からずっと1軍投手を見てきたお前だ。
 だから平井やドミンゴがどんな感じか、見てやって欲しいんだよ。
 2軍コーチじゃ調子のいい悪いの判断が分からんだろうし、
 故障から復活しカムバック賞をとったタカマサコーチなら、
 いろいろアドバイスが出来ると思うんだ。
 
鈴木コーチ  そ、そんなっ!監督っ!
 じゃあススキノは!?
 ススキノはどうなるんですかッ!?
 
落合監督  これ、名古屋行きのチケット。
 『ムーンライトえちご』と、『ムーンライトながら』
 だけど、よろしく。


 この日、タカマサコーチは広島行きの飛行機チケットをキャンセル、 陸路で名古屋へ帰った。


☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



 伏線は、あった。

 もともとは 「1ピッチャーに1コーチ。複数のコーチが一人の選手を指導するとおかしくなる」 というのが落合親分の持論。 このところ、タカマサコーチが指導している平井・ドミンゴ・野口と、 1軍投手が大量に予備軍に落ちている。 そして、下からは山北・小笠原ら「夏用戦力」が上がってくる。 既に1軍で働いている朝倉・岡本・石川らも含め、 彼らは予備軍で調整を指導してきた近藤コーチの管轄だ。

 以下は3月2日、オープン戦が始まったころのスポーツ紙に掲載された記事である。


(3/2新聞記事より)

 中日・落合監督の“オレ流”スタイルの柱でもある、一、二軍枠の撤廃。 キャンプも終わり、そろそろ色分けが必要な時期に入ったというのに、 落合監督は冷めた顔。「そんなに厳密なことしなくても、いいんじゃないの」と、 コーチ陣の肩書から、一、二軍の名称を取り去ることを決定した。

(略)

 「選手だけでなく、コーチも上と下の入れ替えはするよ。 だって、上に上げてきた選手を知っているのは、 下で担当してきたコーチなんだもん」(落合監督)


 3月。既にこの時点で元締めは、「ピッチャーの入れ替えが激しくなってきたら、 コーチも入れ替える」旨を宣言している。
 今は1軍投手陣が揃って2軍に落ち、投手陣の入れ替えが著しい。 そこで「2軍投手陣をよく知ってる」近藤コーチを上げるための入れ替えであり、 決して降格人事などではない、適材適所を考えた「落合式」の配置転換なのだ。


鈴木コーチ  だ、だからと言って何でこの時期に!!
 ちくしょう…。こんな事でオレは終わらない…。
 オレは絶対にススキノに行くんだ!
 そのためにはよほどのアピール材料がないと…。
 そうだ、川崎だ!
 川崎を、22日のススキノ遠征までに再生するんだ!!
 そしてオレは…、川崎と共に…、1軍に上がる!
 そして川崎と共にススキノに!!


☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



 札幌遠征まであと1週間。

 思えば、キャンプではタカマサは「川崎の復活」を自分のテーマとして掲げていた。

 「オレは現役時代、故障で速球派から軟投派に転向し、カムバックした。 川崎よ、投球術を覚えろ。オレがお前を復活させてやる!」

 と、調子のいい言葉で“川崎復活”を公約した。
 同じように 「今中を再生できなかったらオレはコーチを辞める」と宣言していた山田久志コーチ (当時)が、 結局今中を再生できず、さらには公約を果たすどころか今中引退のあと元締めに就任し、 その後一家が転落の一途をたどったのは周知の通り。

 今、タカマサが「男子の約束」の履行を迫られる。

 タカマサの、コーチ生命(ススキノ生命)をかけた、真剣指導が始まるのだ!!


落合監督  …夜のスキャンダルから選手を守るのも、監督のつとめ、っと…。




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