ドラゴンズ暫定ニュース
【2004年10月】
update 2004/11/5

10/31(日) 沖縄キャンプ参加選手発表
 11月1日から沖縄・北谷で行われる秋季キャンプの参加メンバーが発表された。 当初は落合監督が自ら指名した投手12人・野手12人の少数精鋭の予定だったが、 川上・落合・井端らのオーバーホール組、 渡邉などの自己申告の志願者も加え総勢35名に。
 今年も“地獄キャンプ”の呼び声高い沖縄だが、 一方では残りの選手は名古屋球場で練習、 こちらは「オーバーホール組」と  「トレード要員組」があるそうで、
 本当の地獄は名古屋球場組
 ともっぱらの評判だ。

投手 川上、岡本、岩瀬、佐藤、朝倉、久本、落合、石川、山井、 小林、平井、川岸、小笠原、高橋聡、長峰、中里、チェン
捕手 前田、田上、小川、清水
内野手 高橋光、荒木、渡辺、井端、森野、森岡、仲沢
外野手 中村、幕田、森、土谷、都築、英智

10/29(金) リナレス、引退
リナレス  日本シリーズでは大活躍したオマール・リナレス内野手(37)だったが、当初の構想通り、 球団から戦力外通告を受けた。リナレスは 「現役を続けたかったという気持ちはあったが、自分だけで決められるものではない。 球団の決定を受け入れる。落合監督やチームのみんなに感謝したい。 今後はキューバで指導者を目指したい」と、 同じように引退する際に 「韓国スカウトに」「台湾スカウトに」と丸め込まれ これといった重要な仕事も与えられず放置プレイされた宣や大豊 の前例を知ってか知らずか、 噂されていた“キューバスカウト”という 球団が用意した窓際職への就任 は断ったようで、 11/4にキューバに帰国する。

 リナレス、お疲れ!

10/29(金) 久本、結婚
久本  セの優勝決定試合で、みんなが「勝って胴上げしよう!」と言ってる中、 延長12回で緒方に満塁ホームランを打たれ「負けて胴上げ」を決めた事で、 一躍ナゴヤでは知らない者がいなくなった超有名人・久本祐一投手(25) だが、その久本が生意気にも結婚していた事が29日、明らかになった。
 相手は満塁ホームランを打たれた緒方のいる広島 出身の家事手伝い・ゆかさん(23)。 今年の3月から既に同居し、27日に婚姻届を提出、挙式は来季オフに予定しているとの事。  なお、ゆかさんは広島市民球場の ホームランガール。 彼女の姿をひと目見ようと広島のバッターにタイミングを合わる練習を繰り返し、 いつものくせで緒方についスタンドに持っていかれたという訳だ。

10/29(金) 善村に戦力外通告
善村  中日は一部マニアに大ウケ の善村一仁内野手(32)に、来季の契約を結ばない通告をした。 同選手は現役続行を希望している。
 中日時代の大活躍については該当リンクサイト『善村一仁を応援しよう!』のコーナーを 参照してもらうとして、 善村は99年、近鉄と「門倉・古池・東瀬⇔小池・佐野・善村」の3対3トレードで中日に移籍、 この6人の中では一番印象が薄いのに、門倉と並び まだ一度も戦力外通告を出されてない選手 として(ひっそりと)生き残っていたあたり、 「このトレードは事実上、門倉と善村の1対1のトレードだ!」 と言われたりもした。 門倉が現在横浜で大魔神の後を継ぐストッパーとして成長してる事を考えても惜しい器。 「内外野何処でもこなせるユーティリティ・プレーヤー」と言っても一応間違いでは無いので、 新天地での活躍が期待される。
 なお、戦力外になって今さら何だが、「よしむら」と読む。

10/27(水) 古久保、風岡コーチの就任発表
 中日は27日、来季からの新コーチとして前近鉄の古久保健二コーチ(40)と前阪神の風岡尚幸コーチ(36)の就任を発表した。 年俸2000万円の2年契約。背番号は捕手部門を担当する古久保コーチが「86」、 守備走塁部門を担当する風岡コーチは「74」。
  • 風岡尚幸(かざおか・なおゆき)…大阪・春日丘高から1984年度ドラフト6位で阪急入団。 最初の5年間はわずか2試合に出場しただけだったが、 91年には代走・守備要員として出番が増え始める。 97年に戦力外通告、そのオフに阪神にテスト入団。 1年目の98年は吉田監督(当時)に可愛がられ、守備固め・代走として活躍したが、 99年に野村監督に代わると2軍に幽閉。 00年オフに引退し、 阪神の2軍守備走塁コーチ→3軍育成・リハビリコーチを歴任した。 なお、春日丘高にはテスト生として秋季キャンプに参加する酒井大輔(広島・戦力外)がいる。

  • 古久保健二(ふるくぼ・けんじ)…83年ドラフト6位で捕手として活躍。 近鉄一筋18年、近鉄の選手としては89年と01年の優勝を経験した唯一のメンバーで、 晩年は的山にミットを譲り02年オフに引退、 2軍バッテリーコーチを努めた。長江健次と同級生。

10/27(水) 川上、MVP!
川上  2004年度のプロ野球の表彰選手が発表され、セはMVPに川上憲伸投手が選出された。 一部では「一般のサラリーマンが普通1日10時間労働の時代、 プロ野球選手の労働時間は1日4時間程度でさらに2ヶ月間の冬休みもあるわけだが、 労使交渉で1日8時間近く働いて 本当に可哀想な古田をMVPに!」 という声もあったようだが、 記者の多くはMVPの日本語の意味を知っていたようで、 労使交渉は投票には加味されなかったようだ。

 また、ベストナインも発表され、 中日からは“世界一の二遊間”で中日をリーグ優勝に導いた荒木・井端、 そして今シーズンの失策数を15から8と大幅に削減した “三塁線にポッカリ空いた小さな穴” こと立浪が選ばれるという出血大サービスで、 優勝シーズンに花を添えた。

MVP投票結果
1位 川上憲伸 中日 866点
2位 立浪和義 中日 340点
3位 山本昌 中日 124点
ベストナイン
投手 川上憲伸 中日 172点
捕手 古田敦也 ヤクルト 151点
一塁手 T.ウッズ 横浜 174点
二塁手 荒木雅博 中日 80点
ラロッカ 広島 80点
三塁手 立浪和義 中日 68点
遊撃手 井端弘和 中日 185点
外野手 嶋重宣 広島 176点
金本知憲 阪神 159点
T.ローズ 読売 82点

10/27(水) 鈴木孝政コーチ、退団
 中日ファン22億8000万人の多くの人の予想通り、鈴木孝政投手チーフコーチ(50)が退団した。 3年契約の1年目。
 落合監督初年度の優勝を予測できなかった人は多かったろうが、孝政の退団を予測した人は多かっただろう。
 さまざまな憶測記事が乱れ飛ぶ中で、球団関係者(誰だ)が言ったという 「彼は、内(コーチ会議)では話さないのに、外で話すんだ」 という言葉が孝政騒動の全てを物語っている。
 なお孝政退団に関し、一部スポーツ紙では 「ヘッドコーチからチーフに降格され、それが亀裂の始まりだった」とか書いてる未だに落合野球を理解してないバカ新聞があるが、 孝政は最初からヘッドコーチになど就任してないのは周知の事実。 こういうろくすっぽ取材もしないバカ新聞が「孝政がヘッドコーチに就任!」と書きたてたことで、 「そうか、俺はヘッドなんだ!」と孝政が誤解、 自分の仕事(投手コーチ)以外の事に口をはさみ始めたのが「亀裂のはじまり」である事は中日ファンなら誰もが知るところだ。

 お疲れ、タカマサ!

 二度もコーチを失脚するほど指導者としては無能だったが、 中日ファンの誰からも愛されるキャラクターである。

10/25(月) 北九州大・中田、中日を逆指名!
 ドラフトで中日による自由枠獲得が確実視されている北九州大・中田賢一投手(22)が、 福岡ドーム場外で記者会見を開き、 「中日一本に絞りました。ほかの指名なら社会人野球に進みます」 と中日を事実上の“逆指名”した。
 しかし、だったら自由枠にすればいいのに、言い換えればこれは「自由枠は使いません宣言」。 本来なら自由枠クラスの選手を3巡目以降で指名しようという中日側のコスいドラフト戦略 と言える。
 中日は昨年も、最初は自由枠も予想されていた佐藤充・中村公治らを囲い込んで下位指名、 2001年にも即戦力の山井・久本を下位指名と同様の作戦を取っており、 今回も中田の囲い込みに成功し「よその球団に指名されたら社会人」という言質を得たわけだが、 来年からドラフトが完全ウェーバーになる事を見据えれば、 強行指名しても社会人に行くことはまず無い ということに他球団が気づくかどうか、 ウカウカしてると楽天あたりに3巡目くらいで持っていかれるぞ。

10/15(木) 関川・紀藤・酒井にトレード要員通告
関川 紀藤 酒井

 関川浩一外野手(35)、紀藤真琴投手(39)、酒井忠晴内野手(34)の3選手が球団事務所に呼ばれ、 トレード要員であることを通告された。 球団は「球界再編問題でトレードが進めにくくなっている。いわゆる戦力外通告という訳ではない」と説明。 日本シリーズ後にあらためて話し合いがもたれる。
  • 今季の関川…12試合11打数0安打、打率.000。 スタメンには英智・井上が台頭、他にも外野は森・森野・土谷・大西がひしめき、 関川の出番は激減した。 シーズン前は一塁を守る予定だった井上が下手くそ過ぎて内野守備を任せられず、 レフトにやって来たのも一因か(そういう意味では、井上がレフトに定着し始めるやいなや、 ファーストの守備練習を願い出た大西の行動が監督に評価された事もあり、 関川にもそういう努力が欲しかった)。 落合監督の方針として「一芸を伸ばせ」という方針はあったものの、 ヘッドスライディングは一芸とは認められなかった模様。

  • 今季の紀藤…12試合0勝1敗、防御率8.19。魔球・パルプンテは 自分を消してしまうボールだった。

  • 今季の酒井…1軍出場機会なし。荒木の成長により二遊間に入る余地はなく、 三塁にも立浪・川相というじじい2人が鎮座し、酒井の役割は薄れた。 波留なんかに目がくらみ、種田を出した当時のバカフロントの判断ミスの犠牲になった選手といえる。
 まだまだ行ける!
 頑張れ関川・紀藤・酒井!

10/14(水) 荒木、パパになる
荒木  中日荒木雅博内野手(27)の瑞恵夫人(26)が12日深夜、 横浜市内の病院で初仔(牝)を出産した。
 荒木に取っては初産駒で、性別的にプロ野球選手の道は難しいが、 その血統は孫の代に受け継がれるだろう。
 名前はまだ未定。当面は「アラキミズエの2004」と呼ばれる。

10/13(火) 小林・原・秦・高柳コーチの就任発表
中日は13日、来季からの新コーチとして 小林聖始氏(46)・原伸次氏(41)・秦真司氏(42)・高柳秀樹氏(47) の就任を発表した。 背番号は投手部門担当の小林氏が「78」、打撃部門担当の原氏が「85」、 高柳氏が「88」、捕手部門担当の秦氏は「82」。 11月1日から始まる沖縄秋季キャンプからチームに合流する予定。 若手指導のため、名古屋市内の合宿所に住み込むことも検討されている。
  • 小林聖始(誠二)…現役時代は広島→西武→広島。入団と同時に肩故障→サイドハンド転向→ 西武移籍→パームボールを覚え復活→西武優勝の胴上げ投手→ 広島に復帰&83年防御率1位のタイトル獲得と、挫折と栄光、 波乱にとんだ野球人生を過ごした。引退後は野球解説者。コーチ経験は初となる。

  • 原伸次(伸樹)…はら・しんじ。高校時代は広陵の4番キャッチャーとして甲子園に2回出場。 80年ドラフト4位で広島入団、右投げ左打ちの「代打の切り札」として活躍した。 現役時代は広島→横浜→広島、コーチとしては広島→統一(台湾)を経験している。

  • 秦真司…はた・しんじ。元ヤクルト。中日ファンの間では88年の優勝時、 郭源治が討ち取った最後のバッターとして有名。 中日はその後11年優勝がなかったので、ファンの間では当時のVTRはテープが磨り減るほど再生され、 「落ち着いている!郭源治は落ち着いている!」の名実況のあとの、 秦の無様な空振り三振の姿は常に脳裏に焼きついている。 その後の秦は古田入団により捕手の座を追われ外野手に転向、 99年から日ハム、00年はロッテでプレーした。ササキの 「ウソだと思うんなら、秦さんに聞いてみろよ!」 の名言で一躍全国区になった。

  • 高柳秀樹…「江川事件」のあった年のドラフト、江川の抽選に落ちた南海の外れ1位。 中日に「外れ1位」が来るのは久しぶり。朝倉以来か。 ダイエーが優勝した99〜00年はダイエーコーチ、 03年からはロッテのコーチとなり、高代と仲良くコーチャーズボックスを担当していたらしい。 「突っ込め!」以外の日本語を知らない高代の防波堤 になるか。
 それにしても小林聖始(誠二)、原伸次(伸樹)、ともに 「カープ→他球団→カープ」 と出戻りし、ともに 「引退後、名前を変えた」 という共通点は、何か深い意味があるのだろうか。
 カープと違う世界を見て、名前を変えて人生をやり直そうと思った、とか。

10/13(火) 筒井正・植・前田新・湊川に戦力外通告
筒井正 植 前田新 湊川

 中日は筒井正也投手(28)・植大輔投手(24)・前田新悟内野手(24)・湊川誠隆内野手(24) の4選手に戦力外通告を行った。

  • 筒井正也…昨オフ、広島を戦力外になり中日にテスト入団。 MAX150キロの何処に行くか分からないストレートが武器。 娘はりり子。一度はお立ち台で「りり子!パパ頑張ったよー!」をやって欲しかった。

  • 植大輔…龍谷大で3年生までは自由枠候補だったが、 4年で調子を落とし評価を落とし02年のドラフトで4巡目指名された。 つまり、他球団のスカウトの目は正しかったということだ。

  • 前田新悟…01年台湾ワールドカップ日本代表。 PL→明大というエリートコースを歩み、02年ドラフト5巡目で中日に指名。 この頃、中日では明大野球部のキャプテンを獲るのが流行っていた。

  • 湊川誠隆…変な顔で個人的には好きだったのだが、慶大卒に中日の空気は合わなかったのだろう。 アホ高で朝倉の1年先輩。あそこの野球部に入ると総じてサル顔になるのだろうか。

10/10(日) 川又・金田・山田和・仁村徹コーチが退団
 中日は10日までに川又米利打撃コーチ(44)・金田進捕手コーチ(44)・山田和利野手総合コーチ(39)と 来季契約を結ばないことを決めた。 また、今季シーズン前に体調不良で休養した仁村徹氏(42)も正式に退団する。 3コーチは9日に宮崎で行われたファーム日本選手権までチームに帯同し、 この日、名古屋に戻った。
 こうして見ると センイチ時代のOBコーチの粛清 が粛々と始まっており、 孝政の失脚というどさくさに紛れ 入れ替えで1軍に上がった近藤真市コーチに取ってはまさにラッキー首の皮 といった塩梅であり、 今夜あたり近藤コーチのおごりで(タカマサの音頭で)、 金津園は元中日コーチで貸切りになりそうだ。

10/10(日) バルデス・バルガスの契約打ち切り
バルデス バルガス

 10月10日付けニッカンスポーツは、中日の外国人選手について、以下のように報道した。
  • ドミンゴ(29)=残留決定
  • オチョワ(32)=残留に向け交渉中
  • バルデス(32)=契約解除
  • バルガス(27)=契約解除
  • リナレス(37)=日本シリーズ後に相談
  • チェン(19)=残留予定
 現時点で残留が決定してるのはドミンゴのみ。 今年で2年の契約期間が切れるオチョワは大幅な年俸アップを要求している模様で、現在交渉中。 リナレスは引退の方向で話し合い、チェンは長期育成で残す方向。バルガス・バルデスはやはり フロントには名前の区別が付きにくかったのだろう 、バッサリとなった。
  • バルデス…センイチが阪神に移籍した際、イヤガラセに阪神から獲得した。 フロントとしてはセンイチの鼻を明かすつもりだったみたいだが、 思うような結果は残せなかった。

  • バルガス…ブラック・スネークの異名を取り、髪型もいろいろ変えたりして面白い選手だったが、 オールスター休みに子供の出産のため帰国し、そのまま1ヶ月帰って来なかったのが 首脳陣の反感を買ったようだ。
 バルデスは何だかんだ言っても小山よりは上の抑え候補、 バルガスは何だかんだ言っても小笠原よりは上の先発候補として頑張って欲しかったが、

 とりあえずお疲れ!


10/03(日) 川崎、引退
川崎  99年オフに工藤・江藤の獲得競争を ナガシマの携帯電話攻勢(本当はカネ)に敗れた当時の児玉編成部長が、 01年にセンイチの命を受け炎の携帯電話攻勢をかけ、 結局読売は手を挙げなかったのに 「獲得競争で読売に勝ったぞー!」と思いたいがために獲った、 球団の自己満足の犠牲になった悲劇の給料泥棒。
 4年間で0勝。川崎の働きの無さもある事ながら、 川崎の故障を見抜けなかった児玉部長をはじめとする当時のスタッフ、 そして4年もかけて故障を治せなかったリハビリ部門 には大きな問題があるはずだが、なぜか非難の言葉が上がらない。