戯曲
ある日のサトヤス
(後編)


4.広島市民球場

サトヤス  「…球団から現金はもらわないんですか?それじゃ外に出たとき困るんじゃないですか?」
鶴田  「円にも交換できるよ。打者はヒット1本打ったら1万ぺリカを円に交換できるし、 ピッチャーは三振1個取るごとに5000ぺリカを円に交換してもらえるんだ。 その他、活躍に応じていろいろ設定があって。とにかく働けば働くほど円に換金してもらえるんだよ」
島崎  「金本さんなんか今年、すごかったですよね1000万ぺリカくらい換金したんじゃないですか?」
サトヤス  「ちょっと待ってください。換金出来なかったぺリカの余りは、どうなるんですか? 金本さんて年俸1億5000万…ぺリカ、ですよね。1000万ぺリカを円に換金して、残りは?」
鶴田  「別に換金しなくたってぺリカはぺリカだよ。翌年に持ち越しって事になるのかな。 外で使えないのは不便といえば不便だけど、 球場内での買い物には不自由しないし、自分が活躍すればいいだけだしね」

サトヤス  「それ、球団に騙されてますよ! 金本さん、実質1000万円しかもらってないんですか年俸!?」

鶴田  「人聞きの悪いこと言うなよヤスユキ。 球団が俺たちを騙すわけないじゃないか」
島崎  「江藤さん、FAで移籍しちゃったから、何億ぺリカか換金できないまま紙クズになったんだよね。 ほんと、馬鹿だなあ。最後まで悩んでいたみたいだけど、結局今まで稼いだぺリカをドブに捨てたんだから」
サトヤス  「それ、江藤さんの判断が正しいって!ヒット1本1万円ぽっちじゃ、いつまで経っても年俸全部換金できないじゃないですか!」
鶴田  「おかしなことを言うなあ」
島崎  「変なこと言うなよ、ヤスユキ。たとえば年俸2億円なら、2万本ヒットを打てば全部換金できるじゃないか。 こんな簡単な計算も出来ないのかよ。アハハハハ」
鶴田  「そうだそうだ、小学校のかけ算だぞ。アハハハハ」

 サトヤス立ち上がり、球場の外へ向かって歩き出す。

サトヤス  「ちょっと、球団事務所行ってきます」


5.球団事務所


 サトヤス、憤懣たる表情で球団幹部の部屋へ乗り込む。

球団幹部  「やあ、キミが佐藤君か。待ってたよ」
サトヤス  「契約のお話の前に、お聞きしたいことがあるのですが」

球団幹部  「ん? 何だい?」
サトヤス  「ぺリカって何ですか?」

球団幹部  「ギクッ!…き、きみ、まさか、ウチの選手と会ったのか?」
サトヤス  「ぺリカって何ですか?」

球団幹部  「…えーと、あのだねえ…。オイ!」

 突如部屋のドアが開き、黒い服の男たちが数名ドヤドヤと入ってくる。 そしてサトヤスの口に 液体をしみこませたガーゼを押し付ける。

サトヤス  「あうっ…」


 サトヤス、気が遠くなり、そのまま意識を失う。


6.呉・「鯉の穴」


 暗闇。赤い拘束服に手カセ足カセをかけられたサトヤス

サトヤス  「………ハッ!…ここは一体…?うわっ!何をするっ!やめろっ!ギャッ! その機械仕掛けのヘルメットをオレにかぶせるのは止めろおっ! ああっ!やめろ!やめてくれえっ!ギャアアアアアアアアッ!!」


 暗闇。





7.日南・広島キャンプ

 秋季キャンプ。カープナイン達が練習している。響く打球音、キャッチボールの音。

 グラウンドの一角でカープのユニフォームを着た鶴田島崎がキャッチボールをしている。 そこへつかつかと歩いてくる真新しい赤いユニフォームの男。サトヤスだ。

鶴田  「行くぞー、島崎ー」
島崎  「はーい、鶴田さん!…あれ?ヤスユキじゃん?」
サトヤス  「ちわッス!鶴田さん、島崎さん!お久ぶりッス!」

 久々の再会に談笑する3人。

鶴田  「あー、ちょっとノド渇いたな。島崎、球場の売店でジュース買って来いよ」
島崎  「そうですね。じゃ、買ってきます!」
サトヤス  「あ、そんな!島崎さんここで休んでくださいよ。ボクが行くッスよ!」
島崎  「ん、でもお前、ぺリカ持ってないだろ?」

サトヤス  「やだなあ。持ってますよ!こないだ、球団と正式契約したんで。 手付けに10万ぺリカももらっちゃいましたよ!」

鶴田  「10万ぺリカも!?そいつはすごいな」
サトヤス  「本当、いい球団ですよね!広島カープ! カープのためにボクは死ぬまで働きつづけるぞ!」
島崎  「頼もしいな、ヤスユキ!」
鶴田  「お互い、頑張ろうぜ!」
サトヤス  「もちろんですとも!こんな幸せな気分で野球をやれるのは生まれて初めてですよ! よおし、頑張るぞう!ハッハッハ!」
鶴田  「ハッハッハ!」
島崎  「ハッハッハ!」

鶴田  「ところで、ヤスユキ。確か1週間くらい前に、お前、俺たちの話の途中に突然立ち上がって球団事務所に行ったよな?  何かあったのか?」
サトヤス  「え? そんなことありましたっけ? んー、実は、ここ1週間くらいの記憶、全然ないんですよ。ハッハッハ!」
鶴田  「何だい、忘れっぽいやつだなあ。ハッハッハ!」
島崎  「このオッチョコチョイめ!ハッハッハ!」

 3人の明るい笑い声は、日南の空にいつまでもこだましていた。


>>> おわり <<<