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落合時代

井上、選手会長就任 2005年

落合博満
つ いに、 井上の時代 がやってきた。


 この年のオフ、落合監督の 「井端にあまりグラウンド以外の仕事を回すな」 という要望に沿う形で、 井端が二年務めた選手会長を勇退、 次期会長として チームで一番ヒマそうな井上一樹 が大抜擢された。

 中日の選手会長はこれまで中村武志('67年生まれ)→ 立浪和義('69年生まれ)→井端弘和('75年生まれ)と 「より若い選手」に継承されてきたのに、 ここで井上一樹('71年生まれ) を大抜擢するという まさかの先祖帰り。

 それというのも、井上が選手みんなから慕われ、 面倒見がよく、ファンにも優しく、 ヒマそうだったからなんだろう。

 まずは井上は選手会長の初仕事として 「かっちょいい宣伝ポスター」 の制作に取り掛かった。

 書道三段の腕前を生かし、自らの達筆で「選手を漢字一文字で表す」 という、清水寺の和尚さんに真っ向勝負を挑む一文字企画。 選手の特徴を一文字で表したこのポスターはファンから大好評で、 ポストカード化されて入場客に配布されたりしたんだ。

一樹の一文字シリーズ

これは「選手会長の仕事」か? 青コアラ
金コアラ ゴルフや裁判に比べれば、立派な「選手会長の仕事」だ。

 これを始めに、井上はさまざまなファンサービスを企画・実行し、 「ファンサービス会長」として プロ野球人生二度目の春 を迎える。


人物紹介
平田良介
平田良介
(ひらた・りょうすけ、2006-)
 上戸彩の「彩」、将棋の「棋」を漢字で書けないなんて些細なこと。 日本の総理大臣だって漢字は苦手だ。

春田剛
春田剛
(はるた・つよし、2006-2007)
 入団からわずか二年で引退したが、 山崎武司は入団半年で一度引退したぞ。

高江洲拓哉
高江洲拓哉
(たかえす・たくや、2006-2008)
 三鷹出身で都立校からは初のプロ野球投手。 三鷹には東京には数えるほどしかない「コメダ」があるぞ。

金本明博
金本明博
(かねもと・あきひろ、2006-2007)
 「問題が起きればその都度対処する」とルールも決めないまま見切り発車した 育成選手制度の犠牲となった若者。

竹下哲史
竹下哲史
(たけした・あきふみ、2006-2007)
 中日の育成選手第一号。立浪・福留とは中村順司監督の兄弟弟子。 中村監督は「内野守備なら立浪クラスになれる」と言っていたが、 確か福留のときも同じことを言ってたような気がする。

加藤光教
加藤光教
(かとう・みつのり、2006-2007)
 法大卒業後、中日に打撃投手として採用。 法大と中日は山口幸司の強行指名以来疎遠になっていたが、 加藤のおかげで雪解けした。



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