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第一次星野時代

強竜打線がセを呑み込む 1988年

星野仙一
星 野監督就任二年目の一九八八年、 ドラゴンズは天を翔けるが如く大躍進する。

 先発陣こそ頭数が揃わず苦労したものの、 序盤で五点取られても終盤で六点取る野球 をやってたから、先発が打ち込まれてもお構いなし。 ガンガン打ちまくって終盤に必ず逆転し、 あとは最強の中継ぎ陣がしっかりゼロに抑えるという野球で、 ドラゴンズは優勝へ向かって一直線に突き進んで行ったんだ。

この頃にドラゴンズファンになった奴は多いな。 青コアラ
金コアラ 「星野監督のケンカ野球」はメディアでも大々的に取り上げられたしな。
初代ファミスタが出たのもこの頃だった。 ファミコンブームもプロ野球人気を加速させたよ。 青コアラ
金コアラ 「中日には、バントがそのままホームランになるすごい選手がいる」 との評判を聞き、それでドラゴンズファンになったヤツも多いはずだ。


 テレビをつけると0−5で負けている。 読売ファンならそこでチャンネルを替えるところだけど、 中日ファンは「これから逆転するんだから、気持ちのいい話だよなあ」 と、期待に胸を躍らせた。

 何番からでも点の取れる“強竜打線”はセ界を一気に飲み込んだ。 あまりに打線が強力だったので、 後に近鉄で本塁打王を三回も獲得するラルフ=ブライアントを金銭で放出したことも、 ドラゴンズファンは 見なかったことにした ほどだだったんだよ。

ドラゴンズファンの脳内歴史ではブライアントは 「いなかったこと」になってるからな。 青コアラ
金コアラ いなかった。記憶にない。


1988年
ベストオーダー
1988年ベストオーダー

1988年
順位表
1988年順位

1988年
表彰選手
1988年表彰選手

1988年
チーム内ベスト
1988年チーム内ベスト

人物紹介
小野和幸
小野和幸
(おの・かずゆき、1988-1993)
 移籍一年目でまさかの最多勝のタイトルを獲得。 「星野がトレードで獲った選手は一年目に活躍する」 「でも二年目以降はしぼみ、気がつけばどこかにトレードされてる」 の先駆けとなる。


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