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第一次星野時代

赤いプリンスをドラフト一位指名 1987年

星野仙一
ド ラフトでは、甲子園のスーパースター、PL学園の立浪和義内野手を一位指名入札し、 南海ホークスとの抽選の末に交渉権を獲得した。

 また、 プロ拒否していた上原晃 を三位で指名、 獲得に成功する。

 本来なら上原は一位指名クラスの大物選手なんだけど、 事前に「プロには行きません。明大に進学します。指名しても入りません」 と言ってたから、他球団はどこも指名を見送ったんだ。

 そこを中日が三位で強行指名。 こういうケースでは 「うちの大学に入る言うてるのにどういうつもりや!」 と球団と大学でケンカになる場合が多いんだけど、 明大は星野監督の母校、 最終的に上原は大学側とのトラブルもなくすんなり中日に入団する。

 星野監督になってからのドラゴンズは、 こういう 他球団を出し抜くドラフト戦略 で有力新人を次々に獲得していくことになるんだ。

センイチは監督なのにスカウト登録もしているからな。 青コアラ
金コアラ スカウトの肩書があればアマ関係者と接触できる。 センイチの人脈の広さを思う存分使ったってことだ。

 ところで、一位指名の立浪和義の母校・PL学園といえば、 上下関係が厳しい、礼儀正しいことで有名だ。
 最近は立浪は守備につくことは少なくなったけど、 守備につくときはファウルラインをまたぐときに必ず一礼してグラウンドに入る。 PLってところは、とても規律に厳しいところなんだね。

むかしばなし

■PL伝説

<3年生方は天皇へいか。しゅのうじんは神様。3年生にきおつかわせない> <笑顔を見せない。せんぱいの前では笑わない。ローカははしを歩く。 へやでは三角づわり。せんぱいがきたら正座。『らくにしていいよ』と言ったら 『はいしつれいします』と言って三角ずわり> <わかりません、しりません、ありません、は絶対に言わない> <つねにダッシュで動く。ぜったい返事する。かげはいわない、しない> <敬語の敬語で話しをする> <食堂でこぼしたり大きな音をたてたりしたら全員でばく音(大きな声)で 『すみません』と言う> <1、へんじはつねにハイとイイエ 2、けんかはしない 3、女を見ないしゃべらない> <トイレに行きたくなったらおトイレに行かさせていただいてもよろしいですか。 トイレは左はしだけ。かがみはみない>

立浪前後のPLの先輩後輩関係
PL学園先輩後輩図


1987年
ドラフト
1987年ドラフト

人物紹介
立浪和義
立浪和義
(たつなみ・かずよし、1988-)
 赤いものが好きな元祖プリンス。 赤いスーツや赤いジャージ、とにかく赤が好き。 阪神の新庄が「プリンス」と名乗り出したことで、 新庄と区別するために 「赤プリ」(=赤いプリンス)とも呼ばれた。 二〇〇八年のドラフトで入団したルーキー岩崎恭平が 「僕のことはプリンスと呼んでください」 と怖れを知らず言い放っていたが、いずれ消されるだろう。

上原晃
上原晃
(うえはら・あきら、1988-1996)
 郭源治の前を投げる今でいうセットアッパーの役割を務め、 「上原・郭のダブルストッパー」と呼ばれた。 この時代はルーキーでも力があれば毎日ロング・イニング投げるのは当たり前で、 生まれる時代を間違わなければ球界を代表するエースになっていたはずだ。

音重鎮

音重鎮
音重鎮
(おと・しげき、1988-1990,1996-1999)
 寺の息子。トレード先の広島で悟りを開き、モミアゲになって帰ってきた。 愛称モミー。


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