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第一次星野時代

谷沢健一に戦力外通告 1987年

星野仙一
星 野監督が監督に就任して最初の仕事は、 ベテラン・谷沢健一への戦力外通告だった。

 星野監督と谷沢は年齢で谷沢が一つ下。 若き青年監督がチームを引っ張って行く上で、 現役時代の星野を知り、 名球界プレーヤーでもあるベテラン谷沢は 厄介な存在だったのかも知れないね。

 星野監督は谷沢と話し合い、 「監督谷沢は選手谷沢を使えるか?」 の一言で、谷沢を引退させてしまったんだ。

谷沢としては現役でいたかったろうな。 青コアラ
金コアラ まあ何も言わずに引退すれば奇麗だったんだが、 引退記者会見の席上、 センイチにクビにされたことを自分でバラしたしな。
昔から一言多かったわけだな。 青コアラ

 こういうこともあり、 谷沢健一は中日ファンの間では“反星野”にカテゴライズされている。 解説者としての谷沢を見ると、 確かに星野采配への批判は他の解説者と比べてキツい。 何か私怨でもあるんじゃないか と勘繰られるのは当然かもね。

 でも、星野批判だけでなく落合采配への批判も相当キツく、 むしろ好き嫌い関係なく誰にでもキツいことを言う、 ただの辛口批評好きのシャベリのオッサン な感じもするんだ。
 誰かをコキおろすことで、 相対的に誰かを持ちあげるといった腹黒さも無いしね。 普通に口が悪いだけだろう。

 野球人としての谷沢は、 いいオッサンになってから早大に入学して野球経営を学んだり、 アマチュア野球チームの監督をやったり、 野球に関してアクティブな勉強家だよ。


人物紹介
谷沢健一
谷沢健一
(やざわ・けんいち、1970-1986)
 二千本安打達成者。試合中に格好いいサングラスをかけていた。

中日OBの年齢分布
年齢表

人物紹介
カスティーヨ
カスティーヨ
(1987)
 ロッカールームで野球用品に火をつけて燃やした“燃やす男”。 星野監督の“燃える男”とは微妙に方向性が違った。

江本晃一
江本晃一
(えもと・こういち、1985-1989)
 デビュー戦がクロマティへのワンポイント・リリーフで、 三振に切って取り中日ファンの喝采を浴びた。 変なメガネは当時の流行で、大江千里が流行らせた。


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