第116話

もしも野球が判定制だったら(1)

※本テキストはいつもフィクションですが、 今回はいっそうフィクションです。実在の人物・事件・試合とはいっさい関係ありません。



2006年8月吉日

【牛島伝説・第1章】

夢の最下位脱出へ駆け上がれ!!

〜 企画制作・TBS 〜




横浜 vs 中日

8回戦

1石井琢
2小池
3金城
4村田
5古木
6内川
7吉村
8相川
9門倉
牛島vs落合
1荒木
2井端
3福留
4ウッズ
5オチョ
6森野
7谷繁
8英智
9中田


 牛島和彦。
 この天才ピッチャーは、1961年4月13日、大阪府大東市に産声をあげる。
 高校時代は浪商のエースとしてドカベン・香川伸行(南海)とバッテリーを組み春夏甲子園出場、 牛島はそのルックスから「女子中高生親衛隊」が出来たほどだった。 高校3年春の大会で全国準優勝、日本中にその名を轟かせた!

 一方、高校時代は今なら高野連が黙っていないほど素行が悪いとの評判で、 「学校史上に残る不良生徒」 だったといわれる。 練習はサボり、態度は横柄、 現在もネット等で数々の“牛島伝説”が伝えられている。



落合親分 「…牛島のエピソードはいいから、 試合、はじめない?」

試合開始時間過ぎちゃってるんだけど…



今、明らかになる“牛島伝説”!

牛島伝説【高校編】
(あくまで「伝説」であり、真偽のほどは定かではありません)

01 ・高校時代はほとんど授業に出ず、職員室で教員の机に座ってタバコを吸っていた。
02 ・実家では離れに住んでいたので、女の子を連れ込み放題だった。ある女の子が忘れ物を取りに引き返すと、もう別の女の子を連れ込んでいた。
03 ・女の子には不自由していなかったため、そっちの方も相当テクニシャンだったらしく、「牛島は凄く上手くて初めてでも痛くないらしい。」と評判だったとか。
04 ・高校時代、通学の電車で他校の生徒のカバンを次々と窓から放り投げていた。
05 ・後輩達に服を脱がせて、冬の寒空の下「浪商温泉」と称して川につからせた。
06 ・監督から敬遠の指示を伝えに来た伝令に「投げとんのはオレや、黙って見とけ言うとけ!」と恫喝して追い返した。
07 ・練習にはいつも遅れて、女連れでタバコを吸いながら現れていた。でも、牛島抜きでは甲子園に行けないので誰も文句を言えなかった。
08 ・高校3年の夏、甲子園のかかった地区予選期間中も練習せずに自動車教習所へ通っていた。
09 ・「浪商の牛島って凄いワルらしい。」という噂が東京の帝京高校にまで広まっていた。
10 ・南海がドラフト1位で指名しようとしたが、指名の挨拶に訪れたスカウトに「僕の人生を滅茶苦茶にするつもりですか?絶対に指名しないで下さい!」と恫喝した。



牛島監督 「まあ、若い頃は誰でもいろいろあるやろ。全部が全部、本当ちゃうで」

大げさ過ぎるやつも1個2個混じってるんちゃうかな

落合親分 「試合……」



牛島伝説【中日時代】

11 ・選手としての評価は高かったが、あまりの素行の悪さに手を引く球団が続出、結局ドラフト1位で指名した中日もいちどは指名を見送ろうとしたが、当時の監督の強い希望と、エースの星野仙一投手(現・阪神シニアディレクター)が「おれが鍛え直してやる。」と言ったことが指名につながった。
12 ・その星野仙一がある試合で先発して打ち込まれて交代させられた際、ピリピリムードで誰も星野に近づけなかったなか、新人の牛島が星野の隣りに座って「さっきは何で打たれたんですか?」と堂々と聞いた。チームメイトは牛島が殴られると思って焦ったが、星野は不機嫌ながらも配球について丁寧に説明をした。
13 ・東京、大阪、名古屋でそれぞれ百人斬りを達成。「東京の女の子はあっさりしてる。大阪の女の子はたこ焼きみたい。」とのこと。
14 ・ルーキー時代、稲尾コーチ(当時中日)が投手陣に「1点リードの9回裏ツーアウト満塁、フルカウントで何を投げるか?」と質問。ストレート、カーブ、フォーク等と投手陣が答えるなか、牛島は「そのカウントになるまでの全ての球種と、相手打者の特徴とその打者の前の打席での結果を教えて下さい。そうでないと投げる球は決められません。」と答えてコーチを感嘆させた。


 そして、中日入団後は“抑えのエース”としてめきめき頭角を現した牛島だったが、1986年オフ、
 牛島の人生を大きく変える転機が訪れる!!


 その前のシーズン、パリーグでは落合博満(ロッテ)が三度目の三冠王を獲得し、 名実ともに球界ナンバーワンのスラッガーとして名前を売っていた。
 しかし、当時のロッテにはチーム内で内紛が起こっており、稲尾監督を更迭し有藤を次期監督にしようという動きの中、 稲尾派であり、その年の契約更改で年俸1億円突破確実と言われていた落合を、 トレードで放出する計画が進められていたのである。 水面下で動いていた移籍先は、読売ジャイアンツだった。

 この情報をいち早く察知した中日の若き青年監督・星野仙一は、 「読売だけには落合をやってなるものか」とロッテにトレードを申し込む。 最初の交換人員は「小松+複数」=「落合」だったが、エース小松がこれを拒否。 小松に見合うだけの戦力といえば、もう牛島しかいない。
 星野監督は自宅に牛島を招き、「頼む。ロッテに行ってくれ」と頭を下げ、 牛島は号泣しながらトレードを承諾したといわれている。

 そして、あの球史に残る「牛島+上川+平沼+桑田=落合」という
 世紀のトレード
 が実現したのであった!!


落合親分 「エピソード長いよー。早く試合始めるべよー」



牛島伝説【ロッテ移籍後】

15 ・落合博満(現・中日監督)との交換トレードでロッテへ移籍することになり、 東京行きの新幹線ホームまで牛島を見送りに来た星野に対し「落合さんを迎えに来たんですか。」と言った。
16 ・ビートたけし曰く「草野球の試合でプロ野球OBと何人も対戦したけど、いちばんガラが悪かったのが牛島さんだった。金田正一さんや張本さんより凄くてびっくりした。」「芸能界ではガダルカナル・タカとつまみ枝豆、野球界では牛島和彦がシャレにならない過去を持っているが、とてもテレビでは言えないので放送解禁になるのを待っている。」んだそうで。
17 ・番長こと清原が、インタビューではビビりまくって汗をかきまくっていた。
18 ・オールスターの解説で同席した石橋貴明(とんねるず)も、ビビりまくっていた。
19 ・石橋は現在横浜ベイスターズのEA(エグゼクティブ・アドバイザー)だが、 生粋の読売ファンで知られる石橋が、ベイのEA就任要請を即時引き受けた理由は 「だって浪商の牛島さんですよ!?逆らえるわけがないじゃないですか!」だった。


 そして!今!

 2006年シーズン、ついに5位・読売まで0.5ゲーム差と迫ったベイ・牛島が、 最下位脱出をかけ、首位・中日と激突する!!

 運命のプレイボールはCMのあと!!



落合親分 「……」



やっと試合開始

つづく。


ぶっちぎ竜