- 第三の書 -

『悪妻だからまだまだ夫はのびる』
〜男への鞭のいれ方〜

1991.3.30刊/光文社/落合信子・著
悪妻だからまだまだ夫はのびる
 90年オフ発行。元締めが中日に移籍して既に4シーズンが経過した。
 チームにもすっかり馴れた落合はこの年、打点王・本塁打王の2冠を達成、 初の年俸調停も行なっている。 プライベートではフッ君が3歳になり、歴史に名高い「テレビカメラの前でション事件」 を起こし東スポの1面を飾った。

 さて、元締め就任時に「当たり前のことを、当たり前にやる」 「その当たり前が一番難しい」 と言い、 “普通の仕置き” をモットーとした落合親分だが、 信子夫人はのっけからその“普通主義”を否定している。
     やっぱり“プロ”の野球選手は、話題性がないとダメなの、 現役でいる限りは。
     まして落合は、七百何十人かいるプロ野球選手のトップでしょう。 年俸も一番だし、三冠王を三回獲ったという実績もトップなわけ。
     だから、それに見合った話題を提供しなきゃいけない。
     それには、みんなの“読み”どおりやってたんじゃダメだってこと。
     新聞の一面やスポーツニュースのトップを飾るには、 やっぱり、人の意表を突かなきゃ。
     「さすが落合だ、やることが違うわ」と 大向こうを唸らせることをしないと。

    (「女は男と元旦に意気込むべし」より)
 ああ!何だか急に今年の落合野球の全ての“サプライズ”が
  「意表をついて1面トップを狙いなさい!普通通りじゃダメなのよ!」
 っておかみさんに言われてやったことのように思えて来たヨっ!!

 普通のことをしようよ…。
 人と違うことを 「しなきゃいけない」なんて、そんな事はないですよ…。おかみさん…。

 上記は、落合が 自主トレ開始を正月の午前3時33分 に設定したときのエピソードである。
 このおかげで、担当記者は正月も無く朝の3時に落合の自主トレ先に集合、 雪の降る中を取材させられ、「出た!オレ流!」と 記者にイヤがられた エピソードに繋がるわけだが、実はその陰には、 信子夫人の「人と違うことをしなさい!」 という悪魔の囁きがあったのだ。 このとき運悪くドラ番になっていた担当記者たちには、 同情を禁じえない。

 そして、この日の落合の早朝自主トレには、 朝3時にも関わらず50〜60人の取材陣が集まったという。
 それを見て信子夫人が一言。

     言いだしっぺは私だけど、 なにも正直に三時三十三分にスタートする事はなかったのに 、とか、やっぱり女の私が口出しすべきじゃなかったかしら、 とか内心穏やかではありませんでした。
     「アラ…」と思ってよく見ると、落合が、こっちに向かって手を振ってるんです。 明かりのついてない部屋に向かって何度も、何度も。
     再び歩き出した落合を見て、思わず涙が出ました。 なんだかとてもかわいそうになって。
     “鬼の目にも涙”とはこのことです。
     草木も眠る午前三時に亭主を叩き起こして、その挙句、雪のなかに放り出して、 それでタイトルを獲るなんて、なんて私は浅はかな女なんだろう。ヒロ、ごめんね。 そのかわり、私も、ちゃんと起きて待ってるから…。

    (「女はときに鬼になるべし」より)

 しかも後悔してるよ!!

 どうなってるんだよ、言いだしっぺ!?
 これがまだ、マスコミに極秘で3時33分に自主トレを開始する、というならまだ分かる。
 しかし、「人と違うことをしなくてはいけない」「目立たないといけない」という主旨のもと、 マスコミにわざわざ「3時33分に自主トレするから来なさい」 とアナウンスし、50〜60人の報道陣の家族の正月を犠牲に した上で、 「やっぱりやらなきゃよかったかしら?」なんて言うのである。

 そりゃ敵に回すわ、マスコミ。


 ところで、世間では信子夫人は“影の総監督”と呼ばれ、 「ひょっとして全ての采配は信子夫人が指示してるんでは…?」 という言われのない噂が飛び交っている。
  • 開幕・川崎。
  • 井上スタメン。
  • 渡邊スタメン。
  • ジャンケン先発。
  • 1・2軍入れ替えマニア。
  • 右ピッチャーで左の井上に右の代打・高橋。
  • 落合英二の先発。
  • 優勝決定戦で先発・小笠原。
 もしこれが…。
 …いや、考えないことにしよう。 「人と違うことをするのが有名人の義務」なんて、 親分が思ってるわけがない。思ってるわけが…。


影の総元締め

     さらに、こんな事もありました。
     私たち一家を追いかけたドキュメンタリーは、去年の十一月に放映されたわけですが、 そのなかに、スッポンポンのフッ君が、家の中で、 テレビのカメラに向かって、シャーッとオシッコを するシーンがあったんです。 もちろん普段はそんなことをする子じゃありませんけど。
     というのは、夏の、暑い盛りはスッポンポンで遊ばせることが多いんです、 家の中や猫の額ほどの庭では。その方が本人も喜ぶし、 東山動物園の獣医の先生に、 「動物と違って人間は、五歳くらいになればもう羞恥心が芽生えますから。 だから、今は好きなようにさせとけば」と言われたものですから。

    (「女は子どもとも戦うべし」より)

 獣医ーーーッ!!!
 東山動物園の獣医ーーーーッ!!!
 全ての元凶はお前かあぁぁぁあっ!?


 ところでフッ君はこの頃、“チック症”という病気にかかっており (小児によく見られる病気で、現在は治っている) 、 緊張感に過敏になり、たとえば誰かに叱られれたとき、 どうして叱られてるのか分からず、 パニックになって発作を起こしてしまうという症状だった。
 落合夫婦は医者と相談の結果、その治療法として 「むやみに叱らない、自由に育てる」育児方法を取っていたという。

 だから、当時のフッ君が何をしても落合夫婦は叱らなかった。

 叱っても本人は叱られた意味が分からず、 怯えて症状が悪化するだけなのだから、 だったら子供の好きな事を好きなようにやらせ、 のびのびと育てようという考えだ。
 そんな背景があっての「フッ君、オション事件」である。 このときテレビを見た視聴者は、 「どうして子供を叱らないんだ、このバカ親!」 と憤ったそうだが、まあそういう家庭の事情もあったという事だ。
 信子夫人がどういう経緯で 「動物園の獣医の先生に」 子育てのアドバイスを受けたのかは、ちょっとしたミステリーではあるが。

    (続き)

     あのときもスッポンポンで、庭で水遊びをしていて、 オシッコがしたくなった、と。
     いつもなら「ママ、オシッコ」と言って、 トイレに連れて行ってもらって自分でするんですが、そのときは、 たまたまテレビ局のスタッフが大勢いたわけです。
     そこで、フッ君は、チャメッ気を出して、 みんなの前で、シャーッと。
     それを、番組のプロデューサーが、
     「いまどきの子どもにしては珍しく野性味がある」
     ということで、そのまま放映したんです。

    (「女は子どもとも戦うべし」より)

 “野性味”って、ただ単に 「あの三冠王の息子がチンポ丸出しで放尿!」 って話題を作りたかっただけじゃないのか。視聴率のために。
 この場面の放送を決めたのはプロデューサー。 非常識は、プロデューサーである。

 この“事件”により、 落合一家は東スポにまで馬鹿にされ、 「しつけが出来てないバカ親」「バカ夫婦の間にできたバカ息子」 として、アンチ中日・アンチ落合にその後十数年に渡り中傷され続けることになる。

 しかし、「そういう未来図を予想できなかった」という点では、 信子夫人も当時、子供かわいさのあまり“常識的な判断力”を 失っていたという事実は否めない。 子供の病気があったとはいえ、あの映像は 「バカ親とバカ息子」の絵を、 全国放送でアピールした 以外の何ものでもなく、常識があれば親の方から 「すみません、ここはカットで」と申し出てしかるべき映像である。

 テレビを見ていた視聴者は、こう思っただろう。
  「この甘やかされたボンボンは、将来どんなオトナになるのかねえ」
 と。



 --- そして、14年の月日が流れた。



 紆余曲折の末、名古屋一家に元締めとして復帰した落合親分は、 就任1年目にしてリーグ優勝の快挙を遂げた。
 そしてこの日、 親分夫妻は日本テレビ『おしゃれカンケイ』のゲストとして招かれていた。


オシャレカンケイ


 そして番組は恒例、 「いいからこの手紙読んで取りあえず泣いとけ!」 のコーナーに。
 この日、落合夫妻に手紙をしたためたのは、あれから14年、 17歳に成長した長男・フッ君だった。


古舘、手紙を取り出す 封筒には『お父ちゃんへ』の文字


お父さん、お母さんへ


フッ君からの手紙

 中学のときやっていた野球チームで、ある日、 お父さんの野球解説が生意気だって言われてケンカになった。 殴り合いならまだしも、そのケンカはお父さんの解説に文句を言ったチームメイトが、 バットで僕の右ひざを殴ったことで終わった。
 悔しいけど痛くて立てない。殴られた足に力が入らなくなって、 動けなくなった。チームメイト三人がそそくさと退散して行くのを横目に、 携帯で
 「あー、練習中にコケて足動かないから迎えに来て」
 そう甘えて親に言ったときの気持ちは、情けなかった。
 足を殴られた事よりも、父親をけなされた事に、悔しさを覚えた。

 高校一年のとき、大きなケガをした。
 右足の傷の再発と、それをかばったときの左足の故障。目には見えないので、 学校の先生も、生徒も、
 「親が有名だから甘えてるな」
 それだけの日々だった。
 普通の家の子なら、何にも言われないのに。
 何で偉いのは父ちゃんなのに、俺がいろいろ言われたり、やられなくちゃいけないんだよ、 そう思ってた。
 だけど今、お父さんとちゃんとやれてるのは、 僕が受けた以上の事を、うちのお父ちゃんもやられてて、言われていたんだな、 と、少しづつ気が付いたから。


落合親分、目を細める

父親の顔になる落合親分

 もう一つは、「辛いことがあっても、楽しいことの方が多いじゃないか」 と考えた。
 「もうイヤだ」と言っても何を言っても、 落合福嗣って名前は消せないんだし、隠せない。 昔はイヤだと思って必死に隠そうともしてた。 でもさ、別に隠す必要なんてないんだよね。
 悪いことして有名ならイヤだけど、悪いこともしてない。 お母さんが、「あんたが“落合”って名前が嫌なら、籍抜いたげるわよ」、 そう言った。
 でも名前がどうこうじゃないんだよね。 “家族である事”が一番大事。

信子夫人、目頭が熱く

鬼の目にも泪

 痛みも楽しさも何もかも、分かち合えるのが、家族でしょ。 家族がいなけりゃケンカも出来ないし、 ウチのお父さん・お母さんは、世間が思ってるよりも、もっと偉い。
 「打ち方がダメだ」「そんな年の差の奥さんだめだ」
 世間は世間、ウチはウチ。別に齢が離れてたっていいじゃないか。 打ち方ダメでもいいじゃないか。それでも家族が幸せならいいじゃない。  僕が今、こうして地に足をつけてられるのも、両親のおかげだ。 お互い別れるとか色々な問題あったと思うよ。 でも、そこでお互い踏みとどまってくれた事に感謝感謝。 これからも何があるか分かんないけど、三人で、 素敵な家族でいようじゃぁないか☆

落合福嗣

手紙



 心やさしい青年に成長したじゃないか。フッ君。

 いじめられてるのは自分だけじゃない。お父さんはもっといじめられたんだ。
 世間は世間、ウチはウチ。
 大事なのは「家族」だ、と。家族が幸せなのが一番だ、と。

 ちまたでは「わがまま世間知らず」「あんぽんたんのドラ息子」 と言われがちなフッ君だが、なかなかどうして、 そこいらのクソガキよりも全然オトナだ。

 そして、フッ君の“親孝行振り”はこの手紙の封筒にも見られた。

封筒をよく見ると…

↑ あっ!『落合記念館』の封筒だ!!


 番組の最中に、さりげなく 落合記念館の宣伝!

 全国ネットの番組で「落合記念館もよろしく!」 という憎らしいまでのCMで、
 サブリミナル効果
 を駆使し、このオフの集客アップを狙う、家族思いのフッ君だった。



- 新・必殺!それペナ稼業 -