『ヘディング男のハチャメチャ人生』(2)

1985.12.10刊/海越出版社/宇野勝著
ヘディング男のハチャメチャ人生
 さて、落ち着いたところでそろそろ「野球の話」をしよう。
 本書を読むと、宇野が “合同キャンプ否定論者” である事が見てとれる。
 こういう意見は「練習!練習!とにかく練習だ!」のプロ野球界では珍しい意見だ。 ご意見、拝聴しよう。

     このテの選手 (まだプロで通用するレベルではない選手) には確かにシゴキは必要だ。 キャンプでの猛練習は欠かせない。今の中日でいえば、 藤王康晴、三浦将明、神山一義といったクラスだ。
     しかし、谷沢健一大先輩や大島康徳大先輩に 一月中旬からの自主トレや二月一日からの キャンプは本当に必要なのだろうか。 集団の一員として歯を食いしばってやる必要があるだろうか。
     プロ野球でも、一軍を目指すクラスには自主トレ、 キャンプは必要だと思う。 が、 総まとめの (若手もベテランも全員参加するような) キャンプはどうかとボクは思う。 マスコミによるキャンプ報道も、ボクは少々奇異に感じる。 プロは結果を披露するのであって過程をお見せするのではない。 練習をやるのは、シーズンに向けて当然の作業で、 練習でのサク越え連発などプロなら当然だ。 なんか、おかしいんだ、このあたりが。
    (※カッコ内はsato23の補足)

 ああ、これこそ!
 これこそ落合親分が、87年に名古屋一家に移籍してから、

 「何でベテランも若手も一緒のメニューでやらなきゃいけないの?」
 「言われなくても俺はちゃんとやるよ」
 「練習なんて人の見てるとこでやるもんじゃない」

 と言い続け、そのたびに新聞に面白おかしく 「オレ流・落合、出た!練習嫌い!」 「キャンプ拒否、またわがまま!」 「公然と首脳陣批判!!」 と見出しを付けられ、マスコミにさんざん叩かれていた“キャンプ否定論”ではないか!

 この書が出たのは85年オフ。
 つまり宇野は、 落合が来る以前から既に、 「キャンプなんて必要ない(若手だけで十分)」 「ベテランも若手も同じ練習をするのはおかしい」 との持論を展開していた。

 しかし、宇野はマスコミには叩かれなかった。

 宇野が言うと記事にすらならない。だって、そりゃそうだろう。 宇野が言ってることは至極まともな意見であり、 プロが練習方法について自分の意見を述べることは、 「わがまま」でも「首脳陣批判」でもない。当たり前のことだ。
 おかしいのは宇野が叩かれない事じゃない。落合が叩かれる事が、「異常」なのである。

どうして宇野ならよくて、落合ならダメなんだ!



 宇野は「プロは結果を見せるものであり、練習を見せるものではない」という。
 そして、「プロ野球はサーカスである」というのだ。 (えっ?)

     後楽園球場のレフトや甲子園球場のレフト、 そして同じくナゴヤ球場のものすごい応援を見るにつけ、 ファンの皆さんは何を見に来られてるのか、 少々考えるときがある。
      ひいきのチームの勝敗だけだとしたら、間違いなく、 プロ野球はしぼんでしまおう。 ギャンブルのように、ただ勝ち負けを見るなら、 なにも野球が対象でなくたっていいって言うリクツになるからだ。
 ううむ、全くその通り。
 現実に、読売は「勝ち負け」という結果だけを目指し、 見苦しい補強を繰り返し、 “強さの独占”と引き換えに、ファンから熱狂を奪ってしまった (読売は補強の結果、確かに強くなった。 だが、記録よりも記憶に残る男・長嶋茂雄が読売ファンに残したものは、 「こんな卑怯なことをして、本当によかったんだろうか?」 という後ろめたい“記憶”だけだった)。 そして中日も。
 結果はご存知の通り。読売戦のテレビ中継の視聴率は、 読売の勝ち負けに関係なく下がる一方、 ナゴヤドームには、 中日の勝ち負けに関係なく閑古鳥が鳴いている。
 プロ野球は、「しぼんでしまった」のである。


     ボクらの一つ一つは“見せ物”なのである。 小松辰雄は、ファンでは絶対に投げることのできない150キロ超スピードの快速球を披露し、 中尾孝義先輩は、やっぱりファンでは投げることの不可能な二塁送球が売り物だ。
     谷沢健一先輩は、ヒットとはこうして打つんだというワザが商品で、 ボクはでっかいホームランと思っている。 チームの勝敗はこうしたワザの結果として出てくる のである。 つまり、ボクらはサーカスの熊であり、 空中ブランコをお見せする人間であり、 プロレスのアントニオ猪木。 存在そのものが“見せ物”で、来てくれたお客さまに 「すごかった」の感動を残して帰ってもらう。
     :
     こうした努力を怠った球団にはやがてファンは足を運ばなくなる。 プロ野球とは本来、そうした組織だとボクは思う。
 ……。
 あ、あの宇野が、あの宇野がこんな立派なことを…。


もう、あたしゃいつ死んでもいいよ。


 たとえは少しヘンだが、 言いたいことはビンビン伝わってくる。
 プロ野球はサーカスであり、 お客さんは球場に“芸”を見に来るのだ。
 これもまた、落合親分の 「一芸に秀でよ」 というポリシーにつながるだろう。
 「野球に対する考え方」「取り組み方」という点で、 落合親分と宇野はよく似ている。


☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 しかし、“プレーヤー”としてみたとき、同じ右のスラッガー、 同じ神主打法 (宇野は落合が移籍した87年からフォーム改造) でありながら、 この二人は決して“似た者同士”とは言えなかった。
 落合が 「ホームランの打てるアベレージヒッター」 「ダメなときはダメだが、ここ一番のチャンスに強い」 というイメージであるのに対し、 宇野は 「期待してないときの一発」 「ダメなのかいいのか全く分からない」 「アベレージの期待できないホームランバッター」 という印象だ。

 考え方はよく似ているのに、打者としての性質が全く異なる二人。
 この違いは何処から来るのだろうか?

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 ところで、落合親分は現役時代、スコアラーの持ってきた敵の資料を、 殆ど「読まなかった」そうだ。
 何故か?

 「よそのチーム、 よそのバッター相手にどうだったかなんて参考にならない。 オレは打席に立ったときに、 そいつとの前の対戦を頭の中でリプレイ する。 あのときはこの球を打った。あのときはこうして討ち取られた。 そして今、マウンドで投げてる球を見て、 前のときより調子が上がってるか下がってるかを判断する。 今日の自分の調子がいいか悪いかもあるから、それを踏まえて、 (バッターボックスの中で)攻略法を考えるんだ」


 どうやら落合の天才的バッティングの秘密は、その超人的な “記憶力” にあるようだ。いわば落合専用、 「一人スコアラー」 が脳の中にいるのである。

 さて、対する宇野。

 宇野の記憶力を語る上で、こんなエピソードがある。

    (p.169より)
     「おい、電気は消したか、声を立てるな」

     こういうとき、指揮官を買って出たのは、 今やチームにいない某先輩だった。 カーテンを開けて対面を見る。これがまた何というラッキー。 アベック客は何を考えているのか、窓の中央部を締め切ってなかった。 モロではないが、時折、足や手が動いてはみ出て見える。 その部屋でたちまち酒盛り。 若い僕は100円玉を手にしてはビールを買う。 先輩はビールを片手に、酒のつまみにアベックをのぞく。
     考えてみれば、これなどはまだいい方か。 同じチームの某先輩はすごかった。 やっぱりこのホテルでのこと。 アベックの泥酔客が、同じ階に部屋を取った。
     例によって「おい電気は消せよ。声は出すな」
     見ている内に、どういう理由か男性客だけ部屋を出た。 待てど暮らせど帰ってこない。
     その先輩「ワシ、いってくる」と部屋を飛び出した。
     と思うとだ。部屋に入った姿が見えると、 やおら隙間のあったカーテンをぴっちり締めて出てこない。 「おいっ、あいつ」

     このあと、その部屋で何かあったか全く知らない。 一度聞かねばとおもってるうちにその先輩はよそに行ってしまった。
 これは、遠征先のホテル (その頃の選手宿舎は、 ビジネスホテルに毛の生えたような安宿だった) で、 選手がよくカップルの部屋を「のぞき」していた、 というエピソードである。
 この話を読んだとき、私は 「あれ?」 と思った。

 「あれ? この話、前に何処かで…。」

 数ページ前に戻って読み返してみる。
 あったあった。これだ。

    (p.165より)
     いわゆる奇人は大先輩・ 松本幸行投手(中日→阪急)と デービスと思ってた。
     なんたって松本先輩、やる事が違った。 ラーメンを食べるとき、タバスコ、 一味とうがらしをメンが見えないほどに、まずかける。 その上にニンニク3個を入れて食べていた。 あれは東京の宿舎だったか。 同じホテルにアベックのお客さんが入り、 なぜか知らんけど男性客だけ帰ったことがあった。 「ワシ、行ってくるワ」 女性客一人のところに行ったのが松本さん。 なかなか戻って来なかったが、ボクにはこんな行動はとれない。
  「某先輩」って、名前言ってるじゃん!!

松本先輩、のぞき癖バレる!


 のぞきのエピソードが出たのは本書の169ページ、 松本先輩の奇人ぶりを書いたのが165ページ。 この間、わずか4ページ。
 ついさっき松本先輩の奇人ぶりを表現するために書いた話を、 その4ページ後には(章変わりしてるので)すっかり忘れ、 「のぞきをした挙句に、女を口説きに行く人までいましたよ。 名前は言えませんが」とばかりに 「匿名暴露話」 としてこの 犯罪者まがいのエピソード を公開してしまったのだ。(!)

 最初の話だけ聞いてたら 「ちょっと女好きの男の武勇伝」 で済む話だが、後の話とあわせて読むと、 「のぞきでチャンスを伺い、部屋に進入した変態ストーカー男」 である。
 えらいことになったぞ、松本先輩!!

 --- このことから分かるように、宇野には記憶力が 「全くない、あるいは極めて希薄」 と言える。


 ああっ、また野球と関係ない話にッ!!


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