『激闘と挑戦』

読売・落合博満が闘った奇蹟の136試合

1995.6.6刊/小学館/落合博満・鈴木洋史著
激闘と挑戦
 前年、名古屋一家からFA宣言した落合は悪の読売に移籍し、 1年目に球史に残る「10・8決戦」の死闘の末、 読売をリーグ優勝に導いた。 「優勝したのはオレのおかげ」とでも言わんばかりの元締めの 暗黒時代 の自慢話が、いやというほど満載された書。

(1)1994年10月8日
     あのゲームを第三者的に見て言うと、絶対に中日の継投ミスだった。 今中は4回でノックアウトだよな。もしこのゲームを何が何でも勝ちたいと思ったら、 源治と山本を使わなくちゃいけない。明日はもうゲームがないんだ。 これが最後のゲームなんだ。 今中の後を源治と山本で行けば、まだ勝つつもりでいる。 選手だけじゃなく、球場全体がそう思うもの。 それで選手の士気が上がるでしょう。 でも、山田(喜久夫)を使い、佐藤(秀樹)を使った。 もうゲームを捨てたのかなって、 見ている奴は感じたと思うよ。オレはそう思った。 なんで源治と山本を使わなかったのか。オレには分からない。 ミステリーだね。
突如、高木にふりかかる八百長疑惑。


 さすが元締め。言いにくいことをズバッと言ってくれる。
 ファンの誰もが思っていた。

 「どうしてキク、サトヒデなんだ!」

 だが、そんな事を言い出したら「先発・今中」の時点で間違いは始まっている。
 「今中の先発」というイレギュラーな攻撃的采配が失敗した以上、 「郭源治の中継ぎ」「山本昌の中継ぎ」と続けてイレギュラーな行動を起こす事は出来ない。 高木監督は、今中がKOされた瞬間、 「ああ、やっぱり普段通りの投手起用をすればよかった」と後悔したはずである。 だから、 「せめて今からでも!」 と、キク→サトヒデという「レギュラーな投手起用」 に方針を軌道修正したのである。

 マージャンで言えば、 配牌で一発勝負の国士無双を狙うと決意し、 一巡目からド真ん中のドラを切った。 ところが新しいヤオチューが全く入らず、気がつけばチートイ手に。 ここで「これで負けたらしょうがない!あくまで大物手狙いだ!」と腹をくくって国士で行くか、 あるいは定石通り、ドラ無しのチートイ狙いでコツコツ手作り、 万に一つの「リーチ一発ツモ!裏ドラにカン裏も乗ってドラ6!」「3倍満です失礼!」 という奇蹟に賭けるか、といったところだ。
 「最初に失敗したんだ。無理に国士は狙わず、普段通りにやろう」 と考えるのは自然な流れである。出だしで躓くというのは、「流れが来てない」という事だ。

 確かに、国士を狙えば盛り上がるかもしれない。 相手も「そんな高い手なら、俺はオリようかな」と思ってくれ、 場を有利に出来るかも知れない。
 だが、そこでチートイを狙うか国士を狙うかなど、 いったん手作りに失敗した勝負師の、将棋でいえば “形作り”(*1)でしかなく、 今中がKOされた時点で勝負は決まったのだ。

    形作り…将棋用語。既に敗色濃厚となった指し手が、 「素人目にも勝敗が分かるような形」に駒の配置を持っていくこと。 プロ棋士は「30手先が読める」と言うが、本当に30手先まで読めるため、 勝敗がわかった瞬間投了したのでは「あれ?これで何で詰みなの?」と素人目には分からない。 なので、負けと分かっていても、ある程度素人にも勝ち負けが判別できる、 7手詰みくらいの局面まで手を進めてから投了する。 それを“形作り”という。

 高木監督は、先発に今中を決定した時点で腹をくくっていたはずだ。 作戦が失敗した後の“形作り”にとやかく言うとは、 落合親分も随分ととんちんかんな事を言うものだ。

今中を語る雄山

 継投失敗なんて、言われなくても分かってる。
 心中した二人に向かって、 「あのとき、こうすれば良かったのに」 なんて言えるのは、能天気なアカの他人だけである。 ましてや名古屋一家を裏切り、 敵である悪の読売に寝返った落合なんぞにそんなことを言われる筋合いは全くなく、
 でっかいお世話もいいところだ。

 元締めはその著書で、「ヒーローインタビューでよく、 相手投手の気持ちを考えないで浮かれてる人がいる。 それを見るとオレは、ああ、バカだな、と思うんだ。 嘘でもいいから“まぐれです”くらい言っとけよ。 無駄に敵を作るだけだぞ」 と何度か書いている。
 全くその通りだ。元締めは、自分が 余計な一言で無駄に敵を多く作っている ことには気付いてないのだろうか?

 読売に移って、“他人を思う”感覚が麻痺してしまったのだろう。
 「ミステリーだね」なんて、どうして落合がそんな事を言うのか、言えるのか、私には分からない。
 まさにミステリーである。



(2)仰天の“2段階提示”


 オレンジ色のユニに包まれて心まで腐ってしまった元締めだが、 元締めが何故、あの醜いオレンジを着るようになってしまったのか、 ここに興味深い記述がある。

     中日と契約更改の話をしたとき、中山(了)球団社長がどこからそういう情報をしいれたのか 分からないんだけど、もうオレとジャイアンツの間で話ができているという先入観が強くて、 中日と契約しようという話までいかなかったんだよ。 で、 今、ウチと契約するならこの金額を出すけど、 FA宣言したあとにあらためてウチと契約交渉をするなら、 そこからいくら下げてこの額になる、と言われたんだ。
 そうなのだ。名古屋一家では 「FA宣言したものは、最初の提示額より年俸を下げる」 という悪魔の内部ルールがあったのである(!)。

 そういえば思い当たる節がある。 かつてFA宣言した前田幸長は、 「(提示額が)最初に聞いていた金額と違う」 と言って、怒って読売に行ってしまった。

 山崎武司は、FA宣言後、新聞報道では名古屋・横浜の両一家とも “同じ提示額”を示したはずだったが、 名古屋一家残留を決めた記者会見で山崎は、 「おカネでいえば横浜の方が条件がよかった。 けど、おカネでは買えないものを選びました」 と激白した。
 つまり、FA宣言後に名古屋一家が提示額を下げたのである。

 ああ、だから名古屋一家には、「FA残留」する人がいないんだね!!!

 今年FA権利を取得した落合英二は、結局宣言しないまま残留した。 他にも山本昌、立浪、関川、紀藤など、 FA権利を持っていながら“FA残留”した選手は、いない。 (過去に山崎武司がいるだけで、その山崎も、1年後には 口封じに 放出された)

 元締めには「プロは働いてカネをもらうもの」という哲学がある。
 「働いたかどうか」ではなく、「FA宣言したかどうか」 で金額が上下するようなおかしな一家は、 元締めならずとも願い下げだろう。 引き留めようという気のまったく見えない、 逆に選手を脅そうなどとは、驚くべき 渋チン一家 である。



(3)四番不適格者


 さて。元締めは、就任の記者会見で気になることを言っていた。

  「福留にするのは簡単。それが一番ラクだよ。 でも、中日は4番を育てないといけない。右の4番だ」

 現在、名古屋一家の4番打者は (イヤだけど) 立浪和義である。 “将来の4番”として福留も順調に成長している。
 しかし、それでも元締めは不満のようで、「右の4番を育てることが急務だ」と言っているのである。 福留も立浪も、打率に安定感はあるし、長打力もある。なのに「4番」を任せるわけにはいかない、 というのが元締めの考え方だ。 なんで? どうして? なんで「4番福留」「4番立浪」じゃいけないの???
     四番というのは打つ順番は四番目だけれど、もちろんただの四番目じゃない。 オーダーを組むとき、その四番がきちっと決まっていればあとは肉付けしていけばいい。 逆に、今日は誰を四番に置こうかと悩むようなチームは弱いと思うよ。 しかし、 四番というのは限られた人間しか打てないんだよ。 ホームランを打てない奴を四番に据えるわけにはいかないし、 確実性もなきゃいけない。
     もうひとつ、もの凄く大事なのが風格だね。 たとえば、清原にはその風格があるけど、松井にはまだない。秋山にもなかった。 石井(浩郎、当時近鉄)は去年打点王のタイトルも獲ったし、ここ何年かの数字を見ても 石井の方はいいんだけど、風格という面から見たらやっぱり清原なんだよね。
 ああ。立浪、風格ねぇもんなあ。

風格のない立浪

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