『コーチング』
言葉と信念の魔術
2001.8.30刊/ダイヤモンド社/落合博満・著
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本書には、元締めの数々の金言が含まれると共に、どういうわけか
「これを企業にたとえると」「営業の立場で考えると」「新入社員を教育するには」
などと、落合が発言したとは到底思えない、後から付け加えたようなPHP的文字列
が多く見られる。
まあ元締めの語る野球論の本質的なものには影響はないのだが、
やっぱり蛇足は蛇足で、
異世界である野球のことを一般社会に無理やりこじつける論理展開があまりにも頭が悪く、
読む人によっては「何を言ってるんだこのバカ?」と、
落合という人間の全否定になってしまう場合もあるので、
「これを企業にたとえると」とか言い始めたら、
「ああ、ここから先は加藤諦三が書いたんだな」
とでも気持ちを切り替え、
その先の文字列は「なかったもの」として、
両の目から両の耳にスルーするのがいいだろう。
ここまでゴースト臭さがあちこちに立ち込めてると、逆に気持ちがいい。
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当代は先代のやり方に不満でもあったのだろうか。本書には、これでもかとばかりの
先代・山田親分批判
が出てくる。まずはこれだ。
プロ野球の世界でも、コーチが
「あいつはきちんと教えているのか」
という周囲の声に怯え、
ついにオーバーペースの詰め込み指導をしてしまう事がある。
そんな指導の
最悪のパターンは、
周囲の人間には「あいつは言うことを聞かない」
とグチを漏らし、選手に対しては「お前は気合がたりないんだ」と言ってしまうこと。
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ああ!
それこそはシーズン中、クルーズを2軍に落としたときに「あいつは言うことを聞かない」
「次は言うことをきく外国人を獲ってきてくれ」とマスコミの前で言い放ち、
野口が打たれるたびに
「気合が足りないから打たれるんだ!」
と非科学的な論理で選手を罵倒した、先代・山田親分の口癖である。
一人の若い選手を一流に育て上げたからといって、
その方法がほかの選手にも当てはまると考えてはならない。
例えば、オーバースローでボールを投げてもストライクが入らないある投手に、
「サイドスローに変えてみたら」とアドバイスをした。
すると、ストライクが入るようになって一軍へ抜擢され、
なかなかの活躍をしたとする。
何年か後に、また同じような投手に出会った。
自分の中に「サイドスローに変えればいい」というマニュアルがあるから、
今度もそうしてみればいいという安直な考えで指導する。
結果として若い才能は潰れてしまう。人を育てるということは、
ひとつの成功例が次の人にもあてはまるという安易なものでは決してない。
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ううむ。これは洗平のことか。
オリックス時代、ノーコンピッチャーをプレートの踏み位置を変えることで
コントロールを矯正したという成功例を持つ山田親分は、
洗平のノーコンを見て、
「ああいうピッチャーは得意だ。オリックス時代に何度も経験がある。
ちょっとしたことで、すぐにコントロールはよくなるよ」
と豪語したが、結局洗平の制球難は治らず、自由契約になってしまった。
本書は2001年のシーズン途中の発行だが、
元締めは、2003年に大ブレイクしたダイエー・斉藤和巳について語っている。
指導者は、負けること、失敗することから獲得できる財産が多いことも忘れてはいけない。
福岡ダイエー・ホークスに、斉藤和巳という若い本格派の投手がいる。
96年にドラフト1位で入団したのだが、
ファームでは完璧な投球をするものの、一軍で投げるとなかなか力が出せない。
昨年は公式戦で5勝を挙げ、日本シリーズでも登板の機会を与えられたが、
まだ一軍とファーム(二軍)の間を言ったり来たりしている。
こういう選手は、
実力的にはファームのレベルではないから、
結果が出ないからといってファームに落としてもダメだ。
どうやったら実力を発揮できるかを考えるのが指導者の仕事であり、
自分のチームで伸び悩むようなら、トレードなどで環境を変えてやるしかない。
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なるほど。2軍で安定した成績をあげ、1軍にあがってきた選手を、
1試合や2試合見ただけで「ダメ!」といって2軍に落とす。
そしてまた同じ選手が2軍で活躍する。1軍にあげる。
1試合ダメだったら「変わってないじゃないか!」と落とす。
これはそんな一年の繰り返しだった
小山・小笠原・遠藤
たちのことを言ってるんだね。
このほかにも数多くの、先代・山田親分批判が並べられているが、
やがて大ブレイクする斉藤和巳に対する先見といい、
この書が2001年8月、即ち
山田政権誕生以前に発行
されていたという事実を踏まえると、
まさにこれは「予言の書」といえる。
運命的なものを感じざるを得ないが、本書には途中、
“山田久志”の個人名がとつぜん登場する。
(ロッテ時代)一軍に昇格してからの私には、天敵といえる選手がいた。
阪急(現・オリックス)のエースだった
山田久志さん(現・中日ヘッドコーチ兼投手コーチ)
である。
山田さんは私と同じ秋田の出身で、グラウンドの外ではずいぶん可愛がってもらったのだが、
こと勝負になると一方的に押し込まれていた。
山田さんは、アンダースローから繰り出すシンカーを武器にしていた。
強打者との対戦では、必ずと言っていいほど、この沈むボールで勝負を挑んできた。
だが、私はこのシンカーが全く打てなかったのである。
: (中略) :
私が自分の感性から捻り出した攻略法で山田さんとの対戦に挑むと、
結果は顕著な形で表れた。
私のバットは山田さんのシンカーを見事にとらえ、
あっという間に私と山田さんの立場は逆転した
のである。
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まさに「予言の書」!
こんなところで「山田親分との立場が逆転する」
2年2ヶ月後の未来
を予言していたなんて!!
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