井上、福岡の観光部長に!


 この日行われた韓国・SKワイバーンズとの親善練習試合で、 名古屋一家は若手中心のオーダーを編成。結果は2−4と、 練習試合とはいえ格下相手に完敗した。
 しかし、元締めはそれでも 「これは練習試合、勝ち負けは関係ない」 と涼しい顔。「しばらくはこの形で行くよ」と、 今後も若手中心のオーダーを変えない旨を宣言した。

 問題は、次の言葉である。

     「名古屋に戻るまではこんな感じで、若手にチャンスを与えたい。 福岡ドームでのダイエー戦も、
    主力 で連れていくのは 井上 だけだ。
     観光部長としてな。
     いいだろ? 観光部長って」
 ああ、山田時代には!
 腰かけアルバイトの大塚と2対1のトレードで 捨てられかけた 井上が!

主力呼ばわり!




監督…オレは。“主力”でいいんですね!?



 そしてさらに!

 観光部長!!(=宴会部長!)

 という重要な役職を任命されたのだ!!!


遠藤、帰って来い!1軍に!


 井上は九州出身。地元は鹿児島だが、 高校の野球部では地方大会や練習試合で福岡にも何度か遠征し、 名所・名物にも明るいはずだ。
 とんこつラーメン、明太子、モツ鍋、屋台。福岡は食い物が美味しいので有名だ。 井上の案内で美味しいものを食って、若い選手に元気ハツラツになってもらおうじゃないか!!


 と、いうのは表向きの話。


 何しろ遠征先の戦う相手は福岡ダイエー。
 藩主の王は、落合親分の尊敬する人物の一人であり、 現役時代の親分の数少ないよき理解者であった。
 その王が今、頭を悩ませていることがある。

 昨年、勝敗の上では日本一になったダイエー。 しかし、ダイエーは、目に見える「戦力」こそ満たされていたが、 目に見えない、一番大事なものが、欠けていた。

 それは、「人の心」。

 ファンを大事にする心。人を楽しませようという心。 自分が楽しもうとする心。
 野球は、人を幸せにするものだ。
 自分が楽しみ、ファンにも同じ楽しさを与える。 その両方が揃わない限り、たとえ形の上で日本一になろうとも、 “真の日本一”には、なれないのである。

 ---彼らに、それは備わっていたか?

 ファンを楽しませ、自分も楽しもうという心があったか?
 それは、オフのダイエー選手の行動を見れば、明らかだ。

 オフの優勝旅行ボイコット騒ぎ。
 もしダイエーというチームに井上のような人間が一人でもいたら、

 「旅行!? 旅行ですか!
 オレは行けるんですか!? 行けるんですよね?
 絶対に行きます!!ダメだと行ってもいきます!!
 枠がないなら観光部長でも何でもします!!
 何だったら一緒に連れてくファン50人の中の1人でもいいです!
 何でも仕事しますから、行かしてくださいよぉ〜!
 楽しいこと大好き!イェイ・イェイッ!」


 と小躍りしながら参加を志願し、 周りの選手は
 「やれやれ、井上さんには叶わないよ。子供なんだからあ」
 「しょうがない、だったら俺もいくか」
 と、誰もが心からの笑顔で旅行に参加したことだろう。

 彼らに必要なのは、20勝投手でも4割バッターでもない。 率先してオフのイベントをリードする、明るい 「観光部長」なのだッ!!

 落合親分は、優勝するたびに眉間のシワが増えていく恩人・王を、 どんな思いで見ていただろうか-----。

     「ウチに一人、イキのいいのがいますよ。 性格は明るいし、カネにも汚くない、ファンサービスもいい。 オフには自分からサンタを買って出るような気のいいやつで、 もちろん主力クラスで、観光部長です。 ま、今度おーぷん戦で連れて行きますから、一度見てやってくださいよ」



九州には人買いがおるけん!気ぃつけやあ、一樹!!


 観光部長・井上が福岡ドームでアピールする相手は!

 落合親分か、それとも!?

- 崖っぷちの一樹 -