崖っぷちの一樹


-- こんせぷと --

 本こんてんつは、いよいよ仕置人生命の危機に立たされ、 これが最後の1年となってしまうかも知れない井上一樹の、 生き残りをかけ懸命に戦うその最後の勇姿を、 皆の胸に刻みつけ、力の限り応援することを目的としている。

 いつからか(2年前と言われる)、何がきっかけか(いやなヤツをFA入団させた代償に、 いいヤツを酷い仕打ちで追い出したことがきっかけと言われる)、 すっかり陰気で辛気臭くなってしまった名古屋一家の中では、 数少ないお笑い色モノ芸人・カズキ。

 立ち上がれカズキ!
 お前の浮上が、かつての「明るい、強い、魅力的な名古屋一家」を再興する起爆剤になるのだ。 名古屋一家の未来は、お前の肩にかかっている。

仕置人・井上、その仕置き人生を 早くも 振り返る。

年度 年齢 出来事
1971.7 0 井上、鹿児島に生まれる。
1987 16 鹿児島商業に入学。
1988 17 夏の甲子園出場。7番ライト。1回戦の学法石川戦で3ベースを放つ。 2回戦で丸亀商に敗れる。 大会後、ピッチャーに転向。
1989 18 夏の県予選決勝で、大西崇之の鹿児島商工(現障南)に延長15回の末、敗れる。 大西は「最後のサヨナラは、 ボクが先頭打者で四球を選んだことから始まったんですよ」と自慢する。
1989.11 18 名古屋一家にドラフト2位で盃をもらう。 1位は与田で、6位には種田がいた。 井上の担当スカウトは法元さんで、当時の元締めは星野仙一(一次政権)。背番号は「38」。 長身の左ピッチャーという事で期待された。
1991 20 デビュー戦でめった打ちにあい、帰りのバスで泣きじゃくる。 両サイドを宇野・落合に囲まれ慰められる。

当時、名古屋一家で一番怖い顔の3人。
1994 23 打者転向。
1995 24 いい年してジュニア・オールスターに(打者として)出場。 2本塁打でMVPを受賞する。
1996 25 背番号を38→99に変更。
1998.10 27 広島・黒田からプロ入り初本塁打。
1999 28 仕置人として最盛期を迎える。
2000 29 仕置人として最盛期を終える。
2000.12 29 愛甲引退を機に、背番号の変更(99→9)を申し出るが球団に断られる。
2001 30 この年、仕置会長を井上に譲り辞任するはずだった立浪が、急遽続投宣言。 「今の井上には、まだ仕置会長の座は譲れない。 早くレギュラーを獲るように」 とハッパをかけられる。
2001.12 30 J.LEE退団を機に、背番号の変更(99→7)を申し出るが球団に断られる。
2002.1 31 正月のインタビューで、立浪が「福留には将来の仕置会長を期待している」と発言。 井上の仕置会長の夢、はかなく消える。
2003.3 32 近鉄から大塚移籍の打診。中日はトレード要員として、神野・井上との2対1の交換を申し入れるが、 近鉄に「いらない」と断られる。 この一件で、井上がトレード要員(=戦力外)である事が明らかに、
2003.10 32 新元締めに就任した落合が、配下の仕置人への所信表明で 「今年1年は、解雇もトレードもやらない。今いる仕置人だけで戦う。 ただし我慢するのはこの1年だけだぞ」 と明言。井上のクビがかろうじてつながる。

崖っぷちの一樹・1

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